隙間にいる

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◇◇◇ 「永島くん。そこで何してるの?」  縮んだ皮膚の窪みに埋もれがちな瞳を一杯に開いて、子供返りした祖母の文子が声を上げた。 「おばあちゃん。俺は永島くんじゃないよ。奏太だよ」  何度言っても間違える。  文子の言葉の切れ端を繋ぐかぎり、永島くんというのは小学生の時の同級生のことらしい。  年々、認知症が進行している。  数年前までは頭も口も良く回る働き者だった。 「ごめん。ごめんね。永島くん」と、頭を下げる。  文子は七十五歳だから六十年以上も過去に遡っている。  奏太に頭を下げられても何のことかわからない。  最近のことほど忘れてしまうのに、昔のことは詳細に再現できるようだ。   「お前は奏太じゃない。奏太なんて知らない」  名前を正すたびに文子は目を剥いて威嚇する。  奏太を孫と認識することはもうないのかもしれない。  仏壇に飾られた写真をぼんやり見つめる。  文子の言動が怪しくなり始めたのは、ちょうど三年前だった。  
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