31人が本棚に入れています
本棚に追加
◇◇◇
「永島くん。そこで何してるの?」
縮んだ皮膚の窪みに埋もれがちな瞳を一杯に開いて、子供返りした祖母の文子が声を上げた。
「おばあちゃん。俺は永島くんじゃないよ。奏太だよ」
何度言っても間違える。
文子の言葉の切れ端を繋ぐかぎり、永島くんというのは小学生の時の同級生のことらしい。
年々、認知症が進行している。
数年前までは頭も口も良く回る働き者だった。
「ごめん。ごめんね。永島くん」と、頭を下げる。
文子は七十五歳だから六十年以上も過去に遡っている。
奏太に頭を下げられても何のことかわからない。
最近のことほど忘れてしまうのに、昔のことは詳細に再現できるようだ。
「お前は奏太じゃない。奏太なんて知らない」
名前を正すたびに文子は目を剥いて威嚇する。
奏太を孫と認識することはもうないのかもしれない。
仏壇に飾られた写真をぼんやり見つめる。
文子の言動が怪しくなり始めたのは、ちょうど三年前だった。
最初のコメントを投稿しよう!