思わぬ邂逅

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思わぬ邂逅

 それから約1ヶ月が経った。あれ以来、文栄社から何度か電話やメールが来ていたが、智子は全て無視した。現実を突きつけられたことで、出版をしたいという気持ちは完全に下火になっていた。地道に新人賞への応募を続け、落選した作品は小説投稿サイトで公開すればいい。そう考えて自費出版の話を頭の隅に追いやろうとした。  そんな状況の中、智子は大学時代の友人、幡野葵(はたのあおい)とランチに行くことになった。葵は智子が作家を目指していることを知る唯一の友人だ。  その事実を告白したのは今から3年前、文栄社の新人賞に落選し、消沈していた智子の異変に葵が気づいてくれたことがきっかけだった。  最初はてっきり、25歳にもなって夢を追っていることを呆れられると思っていたが、葵は自分の生き方を否定せず、むしろ羨ましいと賞賛してくれた。仕事や結婚といった、同年代の女性が抱くような事柄に感心が持てず、いつまでも夢にしがみつく自分を恥じていた智子は、その言葉にどれほど救われたかわからない。  以来、葵と会うたびに智子は、自分の近況報告として小説の話題を口にしていた。葵自身は小説を書いていないにもかかわらず熱心に話を聞いてくれ、作品を書き上げる苦労や楽しさを理解しようとしてくれた。そんな葵の言動を思い出すたび、自分は友人に恵まれたと智子はひしひしと感じるのだった。
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