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「で、智子の方は最近どんな感じなの?」
レストランで落ち合い、食事とお喋りを楽しんだところで、近況報告を終えた葵が尋ねてきた。智子は少し考えてから新人賞の話をした。2ヶ月前に結果が出たが、最終選考で落ちたこと。
「そっか……。残念だったね。じゃあ、今はまた来年に向けて小説書いてるの?」葵が尋ねた。
「うん。来年も応募はするし、それまでに他の賞にも応募していくつもり。まぁ、倍率高いのはどこも一緒なんだけどね」智子が苦笑しながら答えた。
「確か100倍くらいだっけ? 倍率」
「うん。応募作は何千とあるけど、選ばれるのはせいぜい5作か6作くらいだからね。その数字聞くと、賞取るのなんか夢のまた夢って思えてくるよね。かといってプロになるためには新人賞取るしか方法ないし……」
智子はそこで言い淀んだ。忘れかけていた出版社からの誘いが頭に浮かぶ。
「智子、どうかした?」
葵が怪訝そうに尋ねてきた。智子は慌てて表情を取り繕った。
「あ、いや、その……作家になる方法って、何も新人賞取るだけじゃないのかなって思って」
「へぇ、他にどんな方法があるの?」
葵が興味津々の様子で身を乗り出してくる。智子は少し逡巡した後、自費出版の件を話すことにした。最終選考に落ちた出版社から案内が来て、最初は興味を惹かれたが、100万円近い金額がかかると知って一気に気持ちが萎えたこと。
「……これがあたしの近況報告ってとこかな。まぁでも、案内受けただけで実際に出す気ないんだけどね。素人が本出したところで買う人なんかいるわけないし、それに100万も出すなんてどう考えたってお金の無駄だもんね」
智子は早口で言った。済んだ話として頭の隅に追いやっていたはずなのに、言葉にすると胸の奥で何かが疼くような感覚がある。この感覚はいったい何なのだろう。
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