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「それではすぐに警官を向かわせますので、そこにいてください」
スマホの向こうで警察官が言った。
「はい」
聖人はスマホの電源を切ってポケットに入れた。やっと電話の通じるところまで来たので、車を路肩に停めて警察に連絡をしたのだった。
「すぐに警察が来るって」
聖人は澄玲を安心させるように言った。
一台の車が近づいてきて、聖人の車の後ろでスピードを落とした。
「やばい。行くぞ」
バックミラーを見ていた聖人が言った。
澄玲が振り返って見ると、ハンドルを握っているのはあの男だった。
聖人はアクセル踏み込み、ギアを入れて車を急発進させる。
タイヤがキキキッと鳴き、エンジンが大きな音で唸る。たちまち景色が流れていく。
「あいつ、頭がおかしい」
聖人はハンドルを握りしめ、バックミラーをちらちらと見ながら言う。
ガラスの亡くなった窓からは風がびゅうびゅうと入り込んでくる。
「後ろに俺のジャケットがあっただろう、それを着てな」
澄玲はバックシートに投げ出してあるジャケットに手を伸ばそうとした。
「え!」
すぐ後ろに男の車があった。今にもぶつかりそうなくらいにピタリを後に付いて走っている。
「聖人」
「わかってる」
聖人は落ち着いている。
遠くに信号機が見えた。青く灯っている。
聖人はまたアクセルを踏み込み、スピードをさらに上げる。
古い車はガタガタと小刻みに振動して、澄玲はあちこちの部品が取れて壊れてしまうのではないかという恐怖にかられた。
信号機が黄色に変わる。
後ろの車はまだ、ぴたりと付いたままだ。
聖人はスピードを落とさない。
信号機が赤に変わった。
大通りに並んでいた車が動き出す。
聖人はそれらの車を見ながら交差点に突っ込んだ。
澄玲は聖人のジャケットを手にしたままぎゅっと握りしめる。
先頭の車の鼻先をかすめて聖人の車は交差点を抜けた。
男の車はタイヤを軋ませて交差点の手前で止まる。
クラクションの音だけが真人の車を追うように鳴り響いた。
二人が見たのが殺人だとは断定できなかったが、取りあえずは警察に行って話をしてみようということになり、近くの警察署に向かった。
受付で聖人が手短に見てきたことを話すと、二人は小さな部屋に連れていかれた。
聖人がそこに残され、澄玲はまた別の部屋に案内された。
澄玲はそこで見たままを思い付くままに話した。
ひと通り話が済むと、刑事は部屋を出ていき、澄玲は一人、部屋に残された。
もしかしたら、さっきのはテレビのドッキリ番組だったのじゃないのかと思った。ドッキリですと言われる前に逃げてきちゃったとか。
そんなことを考えていると、先ほどの二人の刑事が部屋に入ってきた。
「今、死体が見つかったと連絡があった」
優しい顔をした一人の刑事が澄玲を見て言った。
やっぱり本当だった。
澄玲は頭がくらくらした。
「早いだろ? 死体を見つけるのが」
そう言えばそうだ。まだ澄玲たちがここに来てからそうは時間が経っていない。男たちが争っていたのは道からしばらく山の中に入っていったところで、詳しい場所は話していなかった。警察の人達が来たら一緒に案内して行くと聖人は言っていた。
「実は君たちがここに来る前に連絡があった。ひとつは君たちからのだと思う。他に一組の男女と男が森の奥で争っているのを見たという通報がひとつ。殺人現場近くの道から白い車が走り去ってくのを見たという通報がひとつ。バイパスを猛スピードで飛ばして信号を無視して交差点を走り抜けていった車があったという通報が幾つか」
え? ちょっと待ってよ。一組の男女と男が争っていた?
「どういうことですか?」
澄玲は不安そうに尋ねる。
「うむ」
刑事が難しい顔をして澄玲を見る。
「まさか、私たちが」
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