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桃子は自分の部屋から布団を一組持ってきた。その布団に澄玲と桃子が入った。聖人は澄玲の布団を使った。
「やっぱり明日、警察に行って今晩のことを話してみよう。少しくらいはわかってもらえるかもしれない」
「さっきの人には仲間がいるのかな」
「仲間? どうして?」
桃子はすでにすやすやと寝息を立てている。
「今日、刑事さんは私たちが人を殺すところを見た人がいるって言ってた。慌てて車で逃げていくところを見た人もいるって」
「俺たちが車で走っていくのを見た人なら何人もいるだろう」
「私たちが車に乗って走り去るところを見た人がいるって。その人は車のガラスを割ったり、ドアにしがみ付いている人なんていなかっと言っていたみたい」
「そうなると、俺たちが人を殺したのを見たと言っている人間と、走り去るのを見たと言っている人間の二人が嘘を言っていることになる。一人はあの男だとして、もう一人仲間がいるという訳か」
「そう。それに車の指紋」
「どこかで拭き取られたんだな」
「でも、警察に行くまで、どこにも寄らなかった。ドアにしがみ付いていた人が自分の指紋を消せる余裕なんてなかったし」
「そうだな。じゃ、警察に着いてから誰かが消した?」
「どうしよう」
澄玲は怯えたように言った。
「取りあえず明日は警察に行って、さっきのこととか、もう一度きちんと話してみよう」
「うん」
澄玲は闇の中で、隣の布団にくるまっている聖人の方へ手を伸ばした。別に意味はなかった。何となく聖人の方へ手を差し伸べてみたくなった。
手が聖人の髪の毛に触れる。
聖人の手が澄玲の手を握りしめた。
「おやすみ」
聖人の手が引っ込んだ。
「おやすみなさい」
澄玲も手を布団へと戻した。
「目撃者ですか?」
「うん。今、来ているんだ」
昨日の刑事らしくない優しい顔の刑事が、明るく言った。
朝一番で三人で警察署に来て、昨夜のことを話したけれど、軽く聞き流されてしまったようだ。実際はそんなことはないのだろうけれど、警察の人達の態度はそんな感じだった。
そして今度は三人が別々にされた。
一人になっても澄玲は昨日のことを話そうとしたけれど、優しい顔の刑事はたいして興味がなさそうだった。
「じゃ、行こうか」
そう言って刑事が部屋を出ていき、澄玲も続いて部屋を出た。
廊下に聖人がいた。
刑事に付いていくと、受付の辺りに大勢の人がいた。集団で見学に来たかと思える年配、というよりおじいちゃんおばあちゃんたちだった。
「皆さん、旅行中の所をわざわざお越しいただいて誠に申し訳ありません」
優しい顔の刑事が集団に声をかけた。
「犯人は・・・・」
刑事が澄玲たちのほうを見た。
老人たちがざわめく。
何人かが聖人や澄玲のほうを指差した。
「あいつだ。あいつが殺した」
「わしも見たぞ。確かにあいつだ」
「そうだ。老眼もこんな時には役に立つもんだ。あの人が犯人だよ」
老人たちが口々に言う。
澄玲はそんな言葉が胸に突き刺さるようだった。
もう駄目だ。何が何だかわからないうちに人殺しにされてしまった。
澄玲は隣に立つ聖人の腕を抱くようにギュッと握った。
「ふざけるな!」
澄玲たちの背後で罵声がした。
振り返ると、二人の背後に数人の男に取り囲まれたあの男がいた。
「君たちが見たのも、あの男かね?」
刑事が穏やかに尋ねた。
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