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「……ただいま」
蚊の鳴くような声で言って、自宅のドアを開ける。大して重くないはずのドアが、すごく、とても、何よりも重い。
「あんだよ、優かよ!」
飛んできた罵声に、顔をしかめる。
「お兄ちゃん……」
「なんだよその嫌そうな顔は」
お兄ちゃんのせいでしょ。言おうと思っても言えない言葉を、私は飲み込む。
「お父さんとお母さんは……?」
「二人とも今日は帰って来ねえって」
私は途端に、崖っぷちにつきだされた様な気分になる。さっきまで少し弾んでいた心が、ゆっくりと、沈む。
「おい、優」
この声が、目線が、匂いが、手が、汗が、
私は何よりも、嫌いだ。
「動くな」
長い長い夜が、はじまる。
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