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「おはよう、青崎さん」
「おはよう、佐倉くん」
お互いの秘密を共有したあの日から数週間。
もう長袖でも違和感がない季節になって私たちは格段に過ごしやすくなった。
「涼しいというのは文明だねえ」
「文明も何も、そういう季節だから」
私がつっこむと、佐倉くんは笑った。
「そっかぁ、そうだよね」
「そうだよ」
今は朝の教室。私と佐倉くんは、迫りくる合唱祭に向けて打ち合わせをしていた。もっとも、途中からただの雑談になっていたのだが。
「今日青崎さん、テンション高くない?」
流石は佐倉くんだ。いつもどおりを貫いていたつもりが、出てしまったか。佐倉くんと話すようになってから、私は少し表情豊かになった。
「実は今日から一週間、お兄ちゃんが旅行に出かけるんだよね」
「マジか。そいつは快適だね」
佐倉くんが少しいたずらっぽい笑顔になった。その笑顔に、私もどこか勇気づけられたような感覚になる。
「でしょう」
私が言うと同時に、チャイムが鳴った。
「あーっ、全然進まなかった」
佐倉くんが頭を抱えた。
「今日ファミレス寄ってく?」
私の提案に、佐倉くんは目を輝かせて賛同する……と思いきや。
「……あー。ごめん、今日は、ちょっと」
「なにかあるの?」
佐倉くんは、目線を左右に落ち付きなくそらす。
「まぁ、うん。ちょっとね」
何やら言いたくなさそうなので、深く追求することはしないでおく。
「わかった」
佐倉くんがあからさまにほっとした顔になったその時。
私の心の中に、一滴の墨の様なものが、ぽつりと落ちた気がした。
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