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魔法使いに紙とペン
俺は、足の疲労感と共に家に帰り、ノートとペンに向かい合っていた。
どこからどう見ても、ただの普通のノートとペンだ。
わざわざコンビニでライターを買って火であぶってみたり、ちぎって水に浮かべてみたり、ペンを分解してみたり。
思いつく限りのありとあらゆることを試したが、何も反応や発見はなく。
ただのどこにでも売っているノートとペンだという結論に至るしかなかった。
「最悪だ…。」
俺は心底落胆した。
神社に行く前の期待をすべて裏切られた気分だった。
俺の夢は叶えられないということなのだろうか。
「えっ。」
俺が絶望と共にノートを閉じようとすると、信じられないものが目に飛び込んできた。
「思考しろ」
墨で書かれた達筆な文字が、ノートに書かれていた。
さっきまではなかった。
気づかなかっただけか?
いや、そんなはずは…
「思考しろ…。」
俺はその言葉の復唱し、なんとなくペンを手に取り、さっきまでの落胆が嘘かのように自然とノートに文字を走らせた。
自分がどんな魔法使いになりたいのか。どんな経験をしたいのか。どんな仲間や敵と出会うのか。
ふと思い出して、部屋にしまい込んでいた昔のノートを引っ張り出した。
そこには、こういう魔法の杖がいいというデザイン案や、今まで見た映画の感想やよかった点、わくわくしたところがノートいっぱいに書かれていた。
そこには、希望と憧れがあふれんばかりに詰め込まれていた。
ノートは何冊にも及んでいた。
そのノートを見返し、ほかにも小説や歴史の本を読んで得た知識を書いたノートもあった。
俺は過去の自分に少し感動していた。
俺って、こんなに夢のために頑張れる人間だったんだな。
当時は、これをまるで苦だと感じずにやっていたんだよな。
俺は無我夢中でノートに俺の理想とする世界を書き出した。
楽しい。とにかく楽しい。
こんなに心躍る時間はいつぶりだろう。
朝日がのぼり、ろくに食事もとらずに夜を迎えた。
気が付くと、ノートは文字やイラストでいっぱいになっていた。
一冊では足りず、ノートを買い足し、ついでに食料を大量に買った。
ノートにはそのあとも思いつくままにいろんなことを書いた。
そして、せっかくだからそれを形にすることにした。
見よう見まねで、俺の理想とする世界の物語を紡いでいった。
ああでもない、こうでもないと考えていると時間はどんどん過ぎていった。
そんな風に夢中で日々を過ごしていると、気がつくと年を越していた。
秋を感じず終わってしまったが、まったく罪悪感はない。
体重は増え、風呂に入ることは減ったが、まあ…罪悪感は…ない。
俺は、半年かけて出来上がった作品をせっかくならと出版会社に送った。
「この度は、新人文学大賞受賞おめでとうございます。」
「ありがとうございます。」
「今のお気持ちは。」
「まさかこんな賞を自分が受賞できるなんて思わず、とても驚いています。」
「唯一無二の世界観で読者の方々を魅了していますが、このような世界観はどのようなことに着想を得たのでしょうか。」
「うーん…昔からこういう世界の話が好きで、いろんな作品を見ていたので。」
「そうなんですね。」
「…僕は、魔法使いになりたかったんです、ずっと。子どものころからの夢で、ずっとずっとその夢は消えませんでした。
大人の中にはそんなの無理だって言う人もいたかもしれないけど、僕はあきらめきれなかった。
僕は、いまでも呪文を唱えたり、魔法の杖で敵と戦ったり、空飛ぶ箒は持っていないけれど。
それでも、僕はこれは魔法だと思っています。
何を言っているんだと思うかもしれないですけど、この本のすべては俺の魔法でできているんです。
物語の中でなら、なんにだってなれる。ヒーローにだって、王子様にだってなれるんですよ。
僕はこの作品を、魔法使いになりたいすべての子どもたち、大人たちに向けて書きました。
魔法はすぐそこにある。
あなたの中にある。
その魔法で、人を感動させることも、支えることもできる。
使い方さえわかれば。紙とペンさえあれば。
僕はそう思います。」
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