【4】

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 エリオットは、騎士の中でもエリートの黒騎士にして、この容姿。そしてこの人柄。絶対に、ファンは多いはず。そこで、セシルはすうっと腹の底が冷えるのを感じた。  彼はセシルとほとんど変わらぬ年齢に見える。であればすでに結婚していると考えるのが妥当だ。セシルを守るというその好意に甘えて、こんな夜に二人きりで会うのはまずいのでは? と思い至った。 「すごく美味しい。今まで食べたことのない変わった味だけど、いくらでも食べられそうだ。これ、メニューにはのせてる? 正規の時間帯に食べられる料理?」 「はい。スープは日替わりですけど、マリガタニーを出している日もありますよ。事前に言ってくれれば用意もできますし」  興味津々とばかりに尋ねられ、セシルも料理人として嬉しくなり、考える前にすらっと答えてしまう。それからほんのり、自己嫌悪。 (だめだ、料理の話になると私は図に乗ってしまう。だけど、この店に通うように誘導しちゃいけない。エリオットさんは気づいていないけど、私は女性だし、奥様がいらしたらこれはまかり間違えると不倫の一形態……)  あの、エリオットさん。思い余って、セシルはそう声をかけようとした。そのとき、エリオットの方が先に口を開いた。 「用心棒を置かなくなったのは、何故?」 「それは、あまり商会に頼りたくなくて……。お願い事をすると、他にも口出しをされるので」  セシルが濁しながら言うと、エリオットは深く追求こそしなかったが、切々と訴えかけてきた。 「俺は君の料理が好きだ。この店に出会えて良かった。あとは君の無事を願うばかりだよ。誰にも傷つけさせたくない。俺のこの気持ちは君には重いだろうし、他の不審者とどう違うんだって思っているかもしれないが、守らせて欲しいんだ。他意は無い、本当だ」  ほとんど、熱烈な口説き文句。セシルは曖昧に笑ってごまかすこともできず、エリオットを見つめた。 「気持ちは本当にありがたいんですけど……。エリオットさんはご家庭があるのではないでしょうか。この店に足繁く通うのはあまり外聞も良くないのでは。その、あなたのような立場の方が使うような、高級店でもないですし」 「家庭はない。俺は女性がどうも苦手で、縁談を避けているうちにずるずると……。あっ、そうは言っても、男性を好むという意味ではないので、安心して欲しい。君の護衛を買って出ているのは、純粋に料理に惚れたからであって、断じて下心ではない。それでも、もし二人きりの状況に身の危険を感じるなら、いっそこの手を縛ってくれても」 「手を縛ったら、料理は食べられないですよ。それとも私に食べさせて欲しいんですか?」  セシルが冗談めかして言うと、エリオットは「む」と言って困り顔になった。精悍な美貌が台無しで、セシルは明るく声を立てて笑った。 (そっか。結婚してないのか。それならひとまず密会は不義にあたらず……。だけど、女性が苦手ってどういうことだろう。私は苦手にされている気がしないけど、それは男性だと思いこんでいるから? もし女性だと知られたら……)  こうして一緒に楽しく食事をすることは、できないに違いない。  ふと、「この関係において性別はさして意味を持たないのだし、敢えて言う必要もないだろう」という考えがもたげる。一方で、セシルはそれではだめなのだと知っていた。それはかつて、シャーリーが伯爵家の末娘に成り代わったときと同じ考え方だ。相手の勘違いを敢えて正さず、嘘は言っていないと逃げ道を作る。  言わないわけにはいかない――。  そう決意して、セシルはエリオットにさりげなく切り出す。 「エリオットさんでしたら、すごく女性にモテそうだと思うんですが。苦手というのはどういうことですか」 「近寄られると蕁麻疹が出る。接触すると失神する。原因はわからない。子どもの頃女性にひどい目に合わされたのでは? と言われたこともあるが、記憶にある限りそんな思い出はない。ただもう、生理的にだめなんだ。……とんでもない弱点なので、もちろん極力知られないようには気をつけている。すまない、どうしていま俺は素直に答えてしまったのかわからないが、内密に」 (な、何を言っているんだエリオットさん。どういう意味だ?)  そんなことあるんだろうか、と不思議に思いながら、セシルはエリオットの前に手を差し出した。きょとん、とエリオットはその手を見て、セシルを見る。 「これは?」 「触れるかなって思いまして。私が女性だったら、蕁麻疹が出て失神するんですよね?」  セシルが言い終えるのとほぼ同時に、エリオットはその手に手を重ねた。固く、乾いた、指の長い、大きな手。 「不思議なことを言う。触れるに決まっているだろう。君は手まで綺麗だな」 「……………………ッ!!」  ばくばくと、いまだかつてないくらい心臓が鳴った。顔が真っ赤になるのが自分でもわかる。 死ぬ。 「セシル? どうした、君こそ色恋沙汰には慣れていそうなものなのに、触れただけでそんな反応をされると俺も困るよ。男に惑わされたことなど無いのに、どうしたものかな。あまり可愛い顔をしないでくれ。君を、ずっと見ていたくなる」  これは、悪い男だ。  絶対に、絶対に。 「料理……、あの、しゃべってないで早く食べたらどうです? 私も次の料理作りますので。忙しいので!」  自分が何を言っているのかわからないまま、セシルはばっと手を引いて、弾かれるようにその場から離れた。 (なんだあのひと……! 女性が苦手なんて絶対に嘘だ。触らせなければ良かった。手を洗わないと仕事にならないのに! 手を、洗わないと……)  エリオットの死角になる位置まで逃げ込み、触られた手を胸の位置まで上げて、もう一方の手で包み込む。セシルはそこで目を瞑り、かすれ声で呟いた。 「うそ……、なにこれ」  死ぬかと思った。
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