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疲労に感謝
その日は、記録的な大寒波のせいで体調を崩した人が多く、朝から病院は混雑していた。
「灯油が値上がりしてるからケチってストーブを消して寝たのがダメだったかなぁ」
などと告白する高齢者が何人もいた。
氷点下20度以下になる真冬に、ストーブをつけないで寝たら、下手すりゃ凍死する。
いつもの僕なら
『命がけで灯油代をケチって、その金で何するんですか?』
と冗談を飛ばしたかもしれないが、その日は、何だか、それもアリかと思えた。
そのまま自分の家で静かに逝くのは、まんざら悪くもない気がした。
砂袋になった頭は、いろいろな判断を鈍らせる。
僕は午後3時まで仕事して、有給を取った。
職場から家まで帰る道は車で20分程だが、ちょっとした峠を越える。
いつも車で聴く音楽はショパンが大半だけど、ふと、ヨシキを思い、ヨシキが大好きだったYOSHIKIの「TEARS」を聴いてみる。
♫ 何処に行けばいい 貴方と離れて
今は過ぎ去った 時間に問い掛けて
ああ 僕はもう、我慢できなくて車を止めた。
夕暮れの森にチラチラと雪が舞い降りていた。
僕は車を降り、針葉樹の森が続く深い谷間に向って叫んだ!
「ヨシキ―ーーッ
バッキャローーーッ
ヨシキ―ーーッ
待ってるぞーーーっ 」
ヒョロヒョロに細いヨシキは、いつだって忙しそうに走り回っていた。
いつだって忙しいはずのヨシキは、どんな時も周囲への気配りを怠らなかった。
僕らが自分で気づいていない不調や取りこぼしを、丁寧に拾い上げて、言葉や真心で返してくれる、そんな奴だった。
思えば、僕はヨシキに甘えっぱなしだった。
自分が困った時、疲れた時、寂しい時だけ声をかけて、あの優しい笑顔に、どれだけ慰められていたろう。
もっと、僕にできることがあったんじゃないのか。
叶うなら、もう一度、ヨシキの親友になりたい。
今度こそ、腹の底まで吐き出し合える、命がけの親友になりたい。
真っ直ぐなヨシキだけに、純粋で、曲がったことのできない男だと思えばこそ、僕は…もう…ヨシキは…手の届かないところへ向かっているのではないかと…怯えた。
陽は完全に落ちた。
僕はただ真剣に車を運転して家に帰りつくと…
すべてを忘れて眠った。
すべてを忘れることが可能なくらい僕は限界を超えて疲労し切っていた。
僕はこの時、初めて、この耐えがたいほどの疲労に感謝した。
布団に入って、疲労に感謝すると同時に一瞬で、僕は静かな暗闇に同化していった。
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