はじまらない冒険

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 いつもとかわらない朝。  けれどいつもとは違う朝。  今日は僕の十五歳の誕生日であり、そして冒険の旅に出る記念すべき始まりの日だ。 「旅の幸運をお祈りいたします。気をつけていってらっしゃいませ」  冒険者ギルドの受付けのお姉さんから冒険者ギルド登録カードを受け取ると、僕は気を引き締めた。新品のカードを握りしめ、ギルドの部屋の中を見回す。  まずは情報収集をした方がいいだろう。  今の僕の所持品はわずかなお金とパンと水だけ。靴はサンダル、服は布製。冒険者というよりただの村人A。武器も防具もなければ地図すら持っていない。  正真正銘、ゼロからのスタートだ。  というか、そもそも今日の朝まで冒険の旅に出ることになるなんて思ってなかったのだ。  十五歳の誕生日の朝、ベッドから起きるなり、誕生日おめでとうのお祝いの言葉とともに両親から「実は、お前は千年に一度復活する魔獣の王を倒す神に選ばれし子だ」などと急に告げられた。  寝起きざまに何を言っているのだろうと、目をこする自分に両親が説明をするには、なんでも僕が生まれた時に教会の偉い人に神託があったらしい。僕が選ばれし子というのは村では周知の事実で、知らなかったのは僕だけ。  きっと誕生日サプライズに違いない、頃合いを見計らって父親が「なーんてね」とか言うに決まっている、と流れに身を任せて適当にあしらっていたら村をあげて盛大に門出を祝われ、あれよあれよという間に送り出されてしまった。  ……どうやらサプライズではなかったらしい。  そんな大事なこと、せめてもっと小さな頃から教えておいてほしかった。なぜ十五の誕生日の朝に突然……。調子に乗らせないためか。いや、逃げ出さないためか。  幼い頃に魔獣の王と戦う運命にあるなどと聞かされていたら、僕なら戦いに備える準備ではなく、戦わなくてすむ準備をしていたに違いない。僕は昔から打算的な考え方とずる賢さには定評があった。  まんまと両親と村の人たちにしてやられたな。  とにかく村を追い出されてしまった以上、まずはどこか安い宿と飯が食える店を探したい。  片っ端から話しかけて情報を集めようと思ったが、まだ早朝のせいか、ギルド内に人はほとんどいなかった。  酒場も兼ねたギルドは夜に賑わう。今は剣士風の若い男が僕と入れ替わりにカウンターで受付のお姉さんと話しているのと、部屋の隅のテーブルでちびちび酒を飲んでいる老人が一人いるだけだった。 「なあ、お前これから冒険を初める新人なんだって?」  ちょうどその時、受付のお姉さんと話し終えた剣士が僕に話しかけてきた。 「さっきギルドの登録をしたばかりだそうじゃないか。冒険者の先輩としてよかったら俺が色々教えてやろうか?」  コナーと名乗ったその青年はやはり剣士だそうだ。使い古した装備に、腰に()いた立派な剣を見れば剣士以外には見えないが。  髪は黒の短髪、日に焼けた、かなりがっしりした体躯をしている。  ソロでこの近くに出る魔獣を退治して帰ってきたところだという。  訊いてもいないのに色々教えてくれるのはありがたい。が、その親切さが逆に胡散臭い。 「ところで、装備はもう買ったのか?」 「いえ、まだこれからです。街の武器屋にいって調達しようかと」 「それならいい話がある」  そらきた。  親切に話しかけてきた狙いはそれか。武器を売りつけるためだ。  コナーが取り出したのは魔獣を相手に戦うにはもったいないくらい装飾の美しい細い剣だった。 「聖剣コピルアク。この世に二つとないミスリルの上級品だぜ。特別に売ってやるよ」 「はあ。ありがたいですけど、これから冒険を初める僕にとっては上等すぎます。それにそんな上等品を買うお金もないですし」 「何を言ってやがる。こんなチャンスめったにないぜ?金ならツケでもいい」 「そんなにいい剣なら、コナーさんが使ったらいいじゃないですか」 「俺には愛用の剣があるし、こういう細身の剣は好きじゃない」  コナーが見せてくれた聖剣は剣に詳しくない素人の僕でも見惚れるほど美しい剣だった。対してコナー愛用の剣の方は、武骨だが頑丈そうでよく手入れがされている。 「こんなにいい剣なら、何も僕に売らなくても、大きな街の武器屋に売ったら高く買い取ってくれるんじゃないですか?」 「確かにそうなんだが、それだと少し都合が悪いんだ。俺はこう見えて名の知れた剣士なんだが、俺はもう冒険者を引退する。大きな街に行くとあれこれ仕事を頼まれて辞めらんなくなっちまうから、行きたくないんだよ」 「辞めちゃうんですか、冒険者」 「腕に自信があって冒険者になったが、結局冒険者なんてのは割りに合わない。有名になると、誰の手にも負えない危険な仕事しか回ってこなくなる。ドラゴンの巣に卵返してこいとか、暴走したキングバッファーの群れを止めてこい、とか。有名になるほど武勇伝に尾ひれがついて噂は広がるし、命がいくつあっても足りやしない。もっと安全で安定した職を探すことにしたよ。だからさっきギルドの登録カードを返してきた」 「そうだったんですね」 「いいか、どうせ街の道具屋に行っても買えるのはせいぜい棍棒と皮の盾くらいだ。それで弱い魔獣相手にせっせと戦って微々たる金と経験値を稼ぐのか?この聖剣があれば強い魔獣も一撃で倒せる。強い魔獣ほど金も経験値もたくさん手に入るから借金なんて一気に返せるぞ」  聞かされた話は先輩としてのアドバイスというよりただの売り込み文句だ。おまけにコナーの話しはこれから冒険者としてスタートする僕にとっては夢のない話ばかり。だが参考までに心に留めておこう。  で、問題は剣の方だ。僕は腕を組んで悩んだ。即答で断らないのは、コナーの言うことも一理あるからだ。そもそも魔獣王と戦う選ばれし子とかいうわりに、十五歳になるまで剣すら持ったことがない。普通の冒険者としても圧倒的に出遅れている。 「いい武器を手にいれるチャンスだというのはわかりました。でも、僕は剣すら持ったことのない初心者。今それを買ったところで宝の持ち腐れになりそうです」 「そうだろう、そうくると思ったぜ。だから今回は特別にこの魔法の秘薬もつけてやる」  コナーが小さなガラスの小瓶を差し出す。 「これはさる偉大な魔法使いが作った秘薬で、カ・フェインという魔法薬だ。こいつを飲むと一時的だが集中力が高まり力が湧いてくる。これを飲んで戦えば、強い魔獣でも一気に倒せるぜ」 「一時的にしか効果がないんでしょう?それじゃあ一回戦ったら終わりじゃないですか」  僕は小瓶を受け取ると、中がよく見えるよう高く掲げた。小瓶の中の秘薬は泥のような色をしている。本当に飲んで大丈夫なのだろうか。 「なかなか交渉上手なやつだ。それなら今回だけ特別に秘薬を三本つけてやる。秘薬の効果は一時的だが、魔獣を倒せば経験値が上がる。三回倒せば、秘薬がなくても剣を扱うに足るレベルに達するだろ」  コナーの言うとおりだ。心が揺らぐ。だが、待てよ。 「三回続けて強い魔獣と戦えたら、の話しですよね。もし強敵を探す途中で弱い敵に出くわしてしまった場合、秘薬を無駄に消費してしまうことに……」 「わかった、じゃあ秘薬十本でどうだ!?」 「買った」  コナーと聖剣を買う取り引きが成立した。  僕は借金の誓約書と引き換えに、聖剣と秘薬を十本もらった。  強い魔獣は北のブルー山脈近辺にいるという情報と、そこまでの道のりも教わった。  これでまず旅の目的は決まった。  強い魔獣と戦い経験値と金を得る。  借金返済から始まる旅もどうかと思うが、目的なしに旅に出たところで、冒険者というよりは徘徊者だ。目先の旅の目標ができたことはいいことだと思うことにしよう。 「さて、そうとなれば早速出発だ」  ギルドの二階の宿で寝るというコナーと別れを告げ、出口の扉に向かって歩き出した。ところが、扉に手をかけたところで、女の子が扉を開け勢いよく飛び込んできた。
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