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【宇都宮から横浜】
宇都宮を南下すれば、あとは東京に向かうのみだ。埼玉県を縦断、群馬県の一部を通り越せばすぐに東京駅に到着する。しかし目的地はその先、横浜だ。地図で確認すると、新横浜駅と横浜駅の間には意外と距離がある。地下鉄が走っているようなので乗り換えようとするが、ブルーラインだのグリーンラインだのと、見たままのネーミングに少々関心してしまう。東山線だの桜通線だの、名古屋も色の名前に変えたらいいのではないか――と思ったが、それを東京の路線にも適用した場合、真に混沌としたことになるだろう。それに、個人的には京都の烏丸線と東西線のネーミングはこれ以上なくわかりやすい。逆に神奈川にはそうした通りがないから色の名前にしたのだろうか。不思議なものだ。
横浜駅で降りると、海風が吹き付けていた。桜木町駅までは散歩程度に歩いていくつもりだったが、海が近いというのは存外気温が下がるものだ。――にも関わらず、通りすがりの女子高生たちはストッキングも履かずに悠々と闊歩している。あれが若いということだろうか? 末端冷え性であるのも関係しているとは思うが、それでも同年代の若者とは思えない格好だ。海とビルを左手に見ながら、高架橋を潜り、橋を渡る。
神奈川と言えば、川崎の九龍城を模したゲーセンが有名だった。過去形なのは、それが既に潰れてしまったからだ。九龍城砦という名は、廃墟マニアにとってはビッグネームもいいところだ。同じく廃墟として知られる軍艦島も、ここ数年で立入禁止になったばかりだ。時代が過ぎれば取り壊される。それは当然のことだが、私が見たいと思った場所に限ってそういったことが多い気がする。間が悪いというか嫌われているというか、ともかく存在しないものは仕方がない。甘んじて受け入れよう。
しかし、だからといって廃墟に行かないという選択肢はない。横浜と言えば、旧根岸競馬場一等馬見所――要するに、苔に覆われた廃墟がある公園がある。通りがかりの宿に荷物を置き、桜木町駅から根岸駅に向かう列車に乗る。
改札を出ると、既に陽は沈みかけていた。地図を頼りに公園に向かうが、どうやら団地沿いの坂道を通り抜けるらしい。どこかの敷地内だろうかと案じたが、どうやら公道のようである。低い階段だが、段数はかなり多い。公園はどうやら丘の上にあるらしい。三脚の重みに息切れをしながら登りきると、駐車場が見えた。公園の敷地内に併設されているもののようだ。中に入るが、芝生場が広がっているばかりでそれらしき建物は見えない。もしかしてここも取り壊されたか――? などと考えながら散策する。既に陽は落ちて、灯りなしには足元も見えない状況であった。遊歩道を見つけそれ伝いに行くと、不意に夜空に奇妙なシルエットが映った。廃墟だ。柵が立っているのを確認し、左手伝いに行く。やがて正面に出たのか、薄ぼんやりとその輪郭を表した。
正面に来ると、石碑のようなものが立っていた。どうやらこの建物の沿革らしい。三脚を設置して撮ろうとしたが、どうにも画角に収まりきらない。芝生に降りて撮ろうと思っても、柵が邪魔になるだろう。諦めて数枚ほど記録として写真に収め、近場にあったベンチに座る。人気がないと思っていたが、暗闇の中で揺れる反射材が見えた。近所の人だろうか、涼しい時間帯にジョギングをしているらしい。公園の敷地はかなり広い。一周が何キロかはわからないが、相当な運動になるだろう。
これだけ灯りがないのだ、星空も見えるだろうか。しかし、生憎の曇り空だ。なんだか馬鹿にされているような気分になって、そうしているうちに段々と腹が減ってきた。一度宿に戻って何か食べよう。その後は中華街だ。
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