【横浜中華街】

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【横浜中華街】

 終電の列車で中華街に向かう。当然、人の気配はない。標識の案内を頼りに道を行くと、妖しい灯りの並ぶ門が現れた。門の奥には提灯が縦横に連なっている。帽子を被っているため気づかなかったが、小雨が降っているらしい。光に反射した雨粒が地に落ちていく。白いワゴン車が車道を通り過ぎ、店の前で停止する。入荷した食材だろうか。人の声は想定していたよりもはるかに小さい。  再び門が見えてきた。通りに出ると、立派な楼閣が姿を現す。右、左と見てから、赴くまま左に行ってみる。そちらの方が明るいからだ。歩きながら、看板の日本語を眺める。中華街と言うのだから、もっと雰囲気があるものだと思っていたが、どうやらそれは建物だけらしい。料理自体は美味そうだが、三十分も歩けば似たものばかりで飽きが来る。どちらにせよまた陽が昇ってからも来るつもりだったので、今のうちに気になる店は目星をつけておくつもりだ。 雨足が強くなってきた。折り畳み傘は持っていたが、取り出すのも面倒であったため近場の軒下に入った。そもそも今日の降雨予報では長続きしないと言っていた。小雨に終わるとも言っていたが、見事に外れてしまったようである。時刻は日にちを跨いで午前一時を越していた。不思議と眠くなってくるのは、程よい暖かさと時間帯のせいだろうか。  雨は強くなっていく。  叩きつける音に混じって、水溜まりを跳ね上げる音がする。誰かが走っているのだろうか。私はぼんやりと聞き入っていたが、その姿を見つけることはできなかった。  遠くから騒ぎ声が聞こえてくる。酒の席のような声だ。その方向に歩いていくと、何と読むのかわからない看板と、下に続く階段があった。半地下の位置に居酒屋があるらしい。夜でも飲める酒屋というのはどこでも楽しいものであるが、外はもう人気のない荒涼とした世界だ。階段を途中まで下りて行って、扉を覗く。すぐに引き返して、再び雑踏に戻った。――きっと、あの奥は百鬼夜行の宴会場なのだ。人間が入れば、取って喰われてしまう。そうした想像をしながら、雨だまりを踏みしめていく。
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