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【鬼死骸八幡神社】
一ノ関駅で降りるが、ターミナル駅の様相はあまりない。もっとも、目的地の写真は本当に僻地といった様子であったため、このあたりが発展した都市部であるのもそれはそれで不自然なものではあるが。自転車を借りて行こうかとも思ったが、どうやら閉まっているらしい。仕方なくトランクをロッカーに入れて、地図を見ながら歩きだした。
駅を出るとすぐに川が流れていた。ススキが道沿いに生えていて、風に揺れている。意外にも車の通りは多く、また鉄道を通した高架橋も見られた。西を歩いた時にはヒッチハイクもしたものだが、スケッチブックもペンも持ってきてはいなかった。日本では、親指を立てた程度で止まってくれる車は多くない。
東北は寒いものだと思っていたが、歩いているとそれほどでもない。パーカーの袖をまくっても、身体の芯は温まっている。流石に十月の末では、名古屋とそう大差ないのかもしれない。幼稚園の前を通りかかると、園児たちはひっきりなしに駆け回っている。私より元気かもしれない。
畦道に入り、更に一本奥に入ると、小さいが田畑が広がっていた。収穫の時期なのだろう、黄金色の棚田が幾重にも連なっている。――新米の時期だ。バイト先も忙しくなるだろう。まだ帰るまで何日もあるのに、既に気は滅入っている。
気を取り直して、更に奥の方に進んでいく。上の棚田で老婆が雑草刈りをしていた。会釈だけして通り抜けると、比較的新しい看板が見える。「鬼死骸八幡神社」。どうやら思っていた以上に知っている人は多いらしい。このような看板が立っているということは、訪れる人もそこそこいるということだろう。私のような奇特な人間が。
看板に沿ってカーブ道を行くと、不意にその社は現れた。不意に、と言ったのは、ちょっとした石階段があって、上がった先の二本の木に――何かを封じるように、注連縄が結ばれていたためだ。八幡神社と刻まれた石塔は少し離れたところにあり、ましてや社はその木々の奥の奥。入口から見られないこともないが、薄暗い影が這う道の先だ。敷地内には灯籠のように木が立ち並んでいるだけにも関わらず、その道は暗く、異様だ。
注連縄は二本の木を繋ぐように竹を一本通し、それに括りつけてあるだけであった。入っていいものか、何やら立入禁止の黄テープのような雰囲気だ。思い切って潜ると、途端に視界が狭まった。ひどく暗い。社の手前で、再び石段。幟には「鬼死骸八幡神社」。賽銭箱がなく、小さな一部屋しかないような社。上色見熊野座神社に訪れた時にも味わったような、異界に来たような錯覚を感じる。あの時と違うのは、この神社の周りはすぐに民家があるということだ。賽銭を入れることもできず、また鈴を鳴らすことも躊躇われたため、不躾だとは思いつつも二礼二拍手一礼のみ行う。周りを散策して、それから薄暗い参道を戻り、注連縄を抜けたところで再び一礼。そうして元来た道を戻っていく。
先ほどから背中に良くないものを感じるが、きっと気のせいだろう。私に霊感などないし、訪れただけで何かに憑かれるのならば、私は既に色々なものに憑かれている。
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