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【名古屋から東京】
ハズレの運転手だ。ブレーキが緩く、嫌な振動ばかりが尾を引いている。安全運転といえば聞こえはいいが、動いているのか動いていないのか、微妙な揺れ方があまりにも心地悪かった。カーテンが閉め切ってあるため、外を見て気を紛らわすこともできない。加えて、この満席だ。息苦しく感じるのは気のせいではないだろう。あるいは、後方で甲高いいびきをかいている男のせいだろうか。
名古屋から東京までは六時間強。途中休憩は三回。二時間おきにエリアに停まるらしい。その度に灯りをつけられては満足に寝ることもできない。結局は仮眠をとるだけになるのだが、下手な眠気を抱えたまま旅をするのはストレスフルだ。いっそ徹夜してしまうつもりでいる。――携帯をいじることもできず、この旅ではどこに行こうかなどと考えている間に、二つ目のパーキングエリアに着いたようであった。席を立ったのはそう多くはないが、誰もが瞼を重そうにしていた。私はカメラと携帯、財布を持ってバスを降りる。標高が高い場所なのだろう、星が瞬いていた。望遠レンズに切り替えてシャッターを切ってみるが、上手くは写らない。シャッタースピードを調整したらあるいは、とも思ったが、三脚を立てるのも億劫なため諦める。手早く手洗いを済ませ、バスに戻る。灯りが点いている間だけでも携帯をいじろうと、漫然と画面をタップする。地図を開くと、まだ静岡県であった。
西日本を旅してきた時とは違い、今回はある程度計画を立てていた。普段ならば予算と帰る日しか決めないような自分が、よくもまァ念入りに考えたものである――というのも、この旅で要となるのは「東日本フリーパス」の存在だ。ほぼ全線の列車が乗り放題になるが、期間はたった三日間しか使えない。予約した日の前日、夜行バスで朝一番に東京駅に着こうと思っているのも、そのためであった。西日本の折は二十日余りをかけて回ってきたが、今回は三日、自腹を切っても四日――東日本旅の下見だと思って、電車旅をするくらいのつもりだ。
バスの扉が閉まり、添乗員が人数を数える。灯りが消えて、小さく発車の合図。酔いはある程度収まったが、時間の問題だろう。もう半分は切っているため耐えられないことはないが、精神衛生によくない。精神衛生によくないと、旅が楽しめない。旅が楽しめないと、――と、そこまで考えて苦笑する。旅を楽しむだって? 旅という非日常のピースを、私が勝手に楽しめばいい。
食らうも自由、寝るも自由。誰に気兼ねせずとも、赴くままに向かう。
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