不思議の国の貴方

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 祖母は玄関の扉をいつも開け放っていた。泥棒が怖くないのだろうかとよく思ったものだ。そうやって窓や扉を開け放しにしているから、虫も出入り自由だった。祖母の家が苦手な一因である。けれど暑い夏の日に、吹き抜ける風がレースの暖簾を揺らす様は、嫌いではなかった。  大きな花瓶に生けられた百合の花、寄せ集めの椅子で囲まれたテーブル、箪笥のガラス戸からは市松人形が顔を覗かせる。笑顔の犬やポーズを決める相撲取り、かつてはカレンダーだった者達がポスターという新たな命を吹き込まれ、壁に画びょうで留められていた。  昭和版の不思議の国のような家だった。  祖母の作る料理はどれも美味しい。ポテトサラダにリンゴを混ぜることと、茶碗蒸しにゆり根を入れること以外、私は祖母の料理が大好きだ。ご飯のおかわりを断ると、祖母はいつもしかめ面をして「もう食べないの?」と言ってくる。グラスが空けばお茶やジュースを冷蔵庫から引っ張り出し、お盆いっぱいのおせんべいも出してくれる。  どうしてこんなに食べさせたがるのだろうかと、あの頃は不思議に思ったが、孫が食事を済ませて別室に行ってしまうのが、寂しかったのかもしれない。  テレビから流れる笑い声、お酒が入り陽気になる伯母夫婦、テーブル一杯に並べられた料理を戴こうと四方八方から手が伸びて––––   そう、静けさとはまるで無縁な空間であった。
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