不思議の国の貴方

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 大学三年の終わりか、四年になった頃か、祖母のお食事会に参加する機会があった。相変わらずのレイアウトにノスタルジーを覚え、祖母は浴室をリフォームしたのだと自信満々に私を案内した。壁にはひ孫が書いたであろう手紙が貼られ、花瓶には百合の花が生けてあった。  子どもの頃は退屈なだけであった大人たちの会話が、すんなりと耳に入ってくる。その日は昔話に花が咲いた。祖母が父を怒鳴りつけた話、私が生まれた頃の話、咳き込んだ祖母が口に含んだシラスを幼い私の顔面に吹き付けてしまった話。  定番の笑い話、あの光景を目の当たりにした大人達は腹を抱えて目を潤ませる。当の私は一切記憶にないので、在りし日のシラスまみれの己を思い浮かべる。  そうして私のグラスが空になったのに気づいた伯母が、冷蔵庫からジュースを取り出してくれた。 「これワイン? 違うか、葡萄ジュースもあるわよ」 「ダメ、それは私が飲むの!」  伯母が手に取ったボトルの葡萄ジュースを、祖母は吊り上がった細い瞳で見据えた。 「お母さんそんなこと言って、いつも賞味期限切らしちゃうじゃない」 「ちゃんと飲むわよ、だからそれはダメ」  そんなような会話だったと思う。幼い頃からなんでも与えてくれた祖母が大切にする葡萄ジュース、きっと頂き物の高いやつなのだろうな。  誰も覚えてやしないそんな一場面を、何故だか私はよく覚えている。
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