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そうして三月、単位をギリギリ獲得した私はなんとか大学を卒業することが出来た。ゼミの教授と写真を撮り、友人と語らい、サークルの後輩に別れを告げ、それでも語りきれなかった友人と大学近くのカフェに寄った。
お客は袴姿の私たちを物珍しく見つめ、レジのお兄さんは卒業のお祝いを述べてくれた。四年間を共にした友人たちと、使い古した思い出話で笑い転げる。この時間が永遠に終わらなければいいのにと、私は何度もスマホの時刻を確認した。そうして私は友人たちに別れを告げて、夕刻前に一人店を後にした。
向かった先は病院だった。
見舞いはいつも昼間に行っていたので、夜の病院というものは初めてだった。静まり返った廊下を、母に連れられて歩く。病室に着くと、祖母は笑ってくれた。就寝中の患者さんに配慮して、私たちは霞むような小声で話した。
「卒業できたんかい」
「できたよ」
「よく見せて」
私はゆっくりと右に左に回ってみせた。黒地に牡丹の花が散りばめられた着物に、裾に向かって紅から黒にグラデーションした袴を、祖母はゆっくり頷きながら眺めていた。
「あんたこれ自分で選んだの?」
「そうだよ」
「いいねぇ」
「ありがとう」
レトロな雰囲気漂う袴を祖母は大層気に入ってくれた。卒業後もしっかりやるんだよとお𠮟りに近いお言葉も頂き、しかしやはり祖母は多くを語らなかった。それよりもしきりに「本当に綺麗だわ」と言っては私の袴姿を目に焼き付けているようだった。
窓の外はもう真っ暗で、祖母と二人でゆっくり話す機会はきっと最後だろうと分かってはいたけれど、私は無理に話題を作る必要はないように思えた。
静寂の中に祖母と私と母がいる。
それだけでいいと思えた。
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