ドラマティック リリーフ

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「今日はPanacea(神の薬)のライブに来てくれて、本当にありがとう!」  松村啓二(まつむらけいじ)は胸いっぱいに息をため、一気に解き放った。  渋谷の小さなライブハウスは満員御礼。200人分の熱気が立ち込めている。新型コロナウイルスの影響で、立錐の余地なく、という訳にはいかなかったが、それでもマスク越しにファン(中毒者と呼ぶ)の歓声が響く。  声出し応援最高だ。中毒者のオーラが伝わってくるようだ。  ステージに立った松村は興奮に肌が粟立つのを感じた。  心地よい汗が噴き出す。  ライブは佳境。松村は最後のMCを始めた。 「残すはラスト一曲ですが、その前にもう一度、今夜の、パナセアのメンバーを紹介します!」  ジャン、とギター鳴り、どどどん、とドラムスのタムが叩かれる。 「ギター、三山武志(みやまたけし)」  松村のコールに合わせて、赤い照明がギターを操る細身の青年を照らした。 「今日は最高に楽しいです。みんなもノッテルかぁ!」  髪を深紅に染めた三山が、繊細な指使いでフレットを弾き、複雑なメロディを紡ぎだす。  客席からは、「最高だよぉ」「ノッテルよぉ」と声援が届いた。    一歩踏み出せば観客と握手できそうな距離。観客一人一人の顔が最後列まで見える。大御所と比べればちっぽけなハウスだけれど、そこには何物にも代えがたい交流があると松村は思った。 「ベース、四谷行(よつやゆき)」  ダダダダン、とドラムが響く。  今度は照明が、シックな衣装の青年をとらえた。四谷はパナセア最年少のメンバーで、今年で22歳になる。4年制の大学に通っており、メンバーの中では一番学歴が高い。シックな、という衣装選びは、『粋な』という意味の他に、『神の薬、に対する病気な(SICK)と掛けてある』 「みんなありがとう。愛してるよ」  四谷が投げキッスをすると、主に女性ファンから「きゃあ」と歓声が飛んだ。 「ドラムス、ビート戦士、灰谷優(はいだにすぐる)」 「いい夜ですねぇ。それにしても腹減った。皆、ドリンク飲み干しただろ?帰ったら沢山メシ食いな」  緑色の照明が、バスドラムの前に座った体格の良い青年、灰谷を照らした。  タタタタ、とスネア(小太鼓)を叩き、最後にジャーンとクラッシュシンバルを強打する。  灰谷はメンバー最年長の27歳。4年前パナセアに正式加入する以前は、5年間様々なバンドでドラムスの客演をして回った歴戦の戦士だ。  パナセアではリーダーの松村を立ててくれるが、情熱でも経験でも、バンドでは一番上だ。 「そしてヴォーカル、松村啓二」  再びスポットライトが松村に移った。 「それでは、最終曲、The Last Empress。準備はいいかぁ!」 「いいぞぉ!」「いつでも来い!」  喝采と悲鳴が上がった。
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