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僕はいじめられっ子だ。
階段から落ちそうになったところを、クラス一の人気者浅崎涼介にぶつかってしまった。快く許してくれたかと思えば、それはたんに公衆の面前だったからだけで、放課後、僕はその日以来ほぼ毎日浅崎にサンドバッグのごとく殴り飛ばされた。
この日もそうだった。
またいつものように傷が見えないようにと、服の上から何度も殴ってきた。内臓壊す気かと言いたなるほど蹴ったり拳を叩き込んだりしてくる浅崎は僕からすると恐怖の象徴だ。
「大丈夫?」
だけど、殴られるのと同じでもう一つ同じことがある。毎日のように男に傷つけられた僕を一人のクラスメイト、南が治療しに来た。
勉強はそこそこできて、ルックスもよくて、親しみやすい女子だ。僕は彼女のことが好きではない。女の子に治療してもらう男の子の図が情けないからなのもあるけど、一番は彼女が亮介の彼女だからだ。
なぜ南こうして僕を治療してくれているのか、それはさっぱりわからない。前に聞いたことがあるけど答えてくれなかった。
「いたっ」
皮が擦り剝けたところを消毒されて、僕は素直に悲痛の叫びをあげてしまった。恥ずかしい。でも、そんな僕のことを彼女は眉を下げて悲しそうな笑みを讃えて見ていた。
「なにがしたいの? あいつにバレたらまずいんじゃないの?」
女の子に助けられる自分が滑稽で、皮肉と嫌味を込めて尋ねてしまった。自分のこういうところも嫌いだ。すると、いつものように淡々と治療をしつつ目線も負わせることなく、「さあね~」と軽い口調ではぐらかされた。
気分は良くないけど、僕はお礼を口にした。
「ありがとう」
どういたしまして、と彼女は僕の目を見ていった。
嫌いなはずなのにお礼を言っている自分も嫌いだけど、筋を通す意味でいった。さらに自分が嫌いになった気がした。
南は、僕に尋ねてきた。抗う術がないから、虐められることを許容しているのかと。その通りだと、僕は答えた。本当にどうしようもないし、どうすることもできない。脳のみそまで満身創痍の僕は精神的疲労でここ最近の生活でのパフォーマンスも最悪だ。朝崎のせいで、僕の日常も壊された。なんのやる気も湧いてこない。
「ん? そうだよ」
胸中をつつみかくさず話すと、彼女は本当に? と念押しするように確認を取って来て、僕はまたも疑念を抱きつつ強い口調で応えてしまう。本当に何がしたいんだろう南は。
「メリットとか何かあるの? もしくは、亮介とグルだったり?」
さあ? とまたも少女は僕をはぐらかす。僕はその反応を予想していたので特に驚かない。この少女が僕にこんなことを始めてから、三か月が経過するけど、学校がある日は毎日欠かさずここに来てくれている。そういえば、朝崎と南が付き合い始めたのも三ヶ月前だったことを思い出し、僕はちょっとイラっとした。もちろん顔には出さない。心中だけだ。
「服も?」
南は僕に、脱げと指示を出した。こっちが当惑している間に、南は立ち上がり教室の両サイドのカーテンを閉めた。南は、早くと促してくる。ちょっと怒ってるっぽい。実をいうと、時々そんな命令をされることがあったりする。そのたびに、しぶしぶ頷くのだ。
情けなくてしかたがないと自分を卑下する気持ちがいっぱいこみ上げてくるなか頷くと、南は僕のカッターシャツのボタンをはずしていく。ああ、外の運動部の喧騒がうるさい。
「大丈夫だよ。もう慣れた」
と、僕が応えるも靴裏の跡がばっちり張り付いてびびる。今日はいつも以上に朝崎の機嫌が悪かったから、その分暴力に慈悲がなかったのだ。暴力に慈悲も糞もないけど。
南は僕のお腹を見て口元を覆っていた、南には何度か暴力後のお腹を見られているけど、確かに今日のはいつもより凄惨だったわけで。まあ、傷の痛みは変っても、僕の心の痛みが変わることはない。だけど、こうして目の前の少女が悲しみの色を讃えていると僕も辛くなる。感謝はしてても嫌いなはずなのに、辛くなる。
綺麗な白色が黒ずんだカッターシャツは、いつも殴られた後、脱いで体操服に変えて下校する。そうしないと、周囲の人間に訝られるから。
僕は、痛む体を叱咤して立ち上がろうとする。ボタンを付け直そうとする少女を制止して、服を脱ぐ。南とて何も思わないだろう。僕の上半身裸を何度も目にしているわけだから。
「あ? その……なんかごめん」
南はいつも治療を終えると、颯爽と帰っていく。だから、僕がここで着替えて下校していることを知らない。ゆえに、こうして僕がここで着替えるのを知らなかったのだろう。南は自分から脱がす時は赤面しないのに、僕が自分から脱いだ今は赤面していた。乙女心というものが僕にはわからない。朝崎と言う彼氏がいるくせに、割とピュアなんだなと思った。
「終わったよ」
着替え終えた僕が声を出すと、彼女はまだちょっと赤い顔を怒りかそれとも羞恥かにそめて振り返った。なんだか複雑な気持ちになり、僕は目を逸らしてしまう。
「カーテン、開けないの? やましいことしてると思われるかも」
他意があったわけではないけど僕が言うと、口もちに手を当てるしてすぐにカーテンを開け始める。人気者だけどぬけてるところもある、それが南花火で、友達が多いのもうなずける。と、いじめられっ子の僕は、さぞ友達が多いのだろうと勝手に南に悲壮な羨望を抱いてしまう。朝崎にも、さぞ可愛がられているんだろうと、そうも思った。
「じゃ、帰るよ」
着替えた僕は汚れた制服を鞄にしまい、立ち上がる。
「ありがと」
自己嫌悪で、目を合わせられなく素っ気ないお礼になってしまう。いつもこんな感じだ。でも、少女はどういたしましてと笑って答え
る。でも、ちょっと労わるようなニュアンスも込められていて、僕はまたどんな顔をしていいかわからなくなった。
「それじゃ」
すれ違いざまに早口でそう言って、僕はせっせと教室を出た。
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