優しすぎて痛い

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 包丁を隠し持ったままトイレに長時間籠り待ち構えて殺したと、少女は無表情で涙を流しながら自白した。 「じゃあなんで……殺したんだよ」  僕は生理的な嫌悪感抑えて死体を見る。  南は、殺人の衝撃的動機を口にした。 「そう、か……」  弱みを握られた朝崎に何人もの女子が性暴力を受けていたという。死に追いやられた者はおらずとも、不登校になっているものもいたといたらしい。これは人当たりのいい南が相談を受けて得た情報をらしい。 「でも、だからって……」  軽はずみに口を開こうとした僕は黙り込む。そして、息を呑んだ。南は優しい。頼ってくれた人のことをどうにかできない少女である。そんなこと、頼ってもないのに毎回助けけてくれた僕が一番知っている。  南は使命だと思ったのだ。  浅崎の悪行をどうにかすることを。 「……南?」  南は、涙を拭って僕の横を通り抜けて死体に近づいていった。一切の淀みがない動作で血の海に手を浸し、赤く濡れた携帯を取り出す。  何があるのか聞くと、そこに女子への弱みがデータとして残っていると答えた。浅崎が死んでいるにも拘らず僕は耐え難い怒りを覚えた。  南はスマホを地面に叩きつける。ここまで情緒的な彼女を僕は今まで見たことがなかった。  南は僕に促した。見なかったことにして、帰れと。 「嫌だ」  目の前に死体があって血に染まっているのは怖すぎるけど、絶対に帰らない。帰れない。だって、南は優しすぎるがために、何もかもどうにかするのが自分の使命であると思い込み、潰れた。自分以外の女子の思いも気持ちも背負い、心が壊れた状態で戦ったのだ。  そして、南の負担には僕もなった。  どれだけ苦しい状況に陥っても南は僕を見捨てなかった。こんなことが、他の人間にできるだろうか。こんなことができるのは世界に一人だけだと、世の中を何もしらないガキの僕は思う。 「南、ありがとう」  血の海を進み、そっと南の手から包丁を取ると手が赤くなった。ぎゅっと握り、無造作に朝崎の心臓を突き刺した。    南は驚愕した顔で、膝から崩れ落ちた。 「そんなに悲しまなくても……。どう? ちょっとは楽になった?」  なんでそんなことを……と南は僕を罵倒する。当然だ。彼女は何もかも、全てを自分の手で終わらせようとしたのだから。たった一人でも、自分以外に責任を感じる者がいてはいけない、それが南の考え方だ。メッセージを寄越した自分を恨んでくれ。  僕は、もう一度男を刺す。  南にとってハッピーエンドを終わらせるために、刺して刺して刺しまくる。もう何も感じなかった。果物の皮を剥くみたいに、本当に何も。
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