散歩

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散歩

 散歩に行く時間は、病気の為、そして、会社がないために朝ごはんがゆっくりになった為、お昼ご飯も遅めの13時頃に取るようになっていた夫婦。  お昼を食べて少し食休みをして、14時~15時の間には家を出て、1時間ほどゆっくりと外を歩くことにした。  早期退職したのが春だったため、散歩に出るようになったのは冬の初めの事だった。  一年経たない間に、会社で務めていた時とは違う気持ちがお互いの心に芽生えていた。  散歩を始めた最初の頃は、道を間違えないように、転ばないようにと気をつけながら歩いていたので会話もなかった。  しかし、黙って歩きながら、健次も里子も自分の心の中を整理していた。  そしてある程度散歩に慣れてからは、少しずつ話をしながら歩くようになった。  健次は里子に聞いた。 「なぁ、俺がうつ病になった時、少し怒っていただろう。」   「あら、わかっちゃった?」  里子はちょこっと舌を出しながら手を合わせてごめんなさいのポーズをしながら健次の方を見た。 「あぁ、俺は仕事も無くなって、朝起きられなくなって、食事もできなくなって、お前のお荷物になる位なら死んでもいいと思っていたんだ。」 里子の顔色が変わった。 「健次さん、そんなに思い詰めていただなんて・・」 「もっと早く病院に行けばよかったのね。」 「あぁ、俺も病院にいくなんて思いつきもしなかった。」 「でも、病院に行ってからは本当にお前がよくやってくれて、おかげでこんな風に散歩ができるほど元気になれたんだ。」  しばらく二人は黙って歩いていた。  その日は家を出る時間が少し遅かったためか、西の空が綺麗な夕焼けに染まっていた。時間が少し遅いためか他に散歩している人もいなかった。  二人は立ち止まって山際が濃いオレンジ色になって行く美しいグラデーションに染まった空を黙って見つめあった。  その静けさの中、二人はどちらともなく手をつないだ。 「健次さん、もうお仕事の事でくよくよするのはなしにしましょうよ。」 「二人とも健康で、こんなふうにお散歩をして一緒に残りの人生も歩いて行きましょう。」  健次はそれを聞いて 『いや、生活費はどうするんだ?』  と、言いたくなったが、自分が仕事ができない為、生活費がないのだから何も言えなかった。  実は里子は実は夫の給料をしっかりとやりくりして、決して少なくはない貯金をしてあった。  健次にももちろん、そのことは伝えるつもりではあるが、今はこの静けさをじっくりと陽が沈むまで楽しみたいと思った。  そして、心の中でにっこりと微笑んでいた。 【了】  
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