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「麻衣、起きて」
優しく呼びかける夫の声に、私は唸り声で応える。
起きようとはするものの、昨晩のアルコールが残っていて、38歳の体が重い。
昔はどれだけ寝なくても平気だったのに、坂道を駆け降りるように無理がきかなくなっていた。
「そろそろ起きないと」
「…果穂は?」
「もうとっくに出た」
私には難しいことでも、夫の大介には13歳の思春期の娘を送り出すことくらい、造作もないことだ。
「ほら、起きないと」
「うゔっ…」
「ほらって!」
大介が布団を一気に捲り上げ、お尻を叩いてベッドから降りるよう急き立てる。
「分かったから、叩かないで!」
体を持ち上げてベッドに腰掛け、エプロン姿の夫を見上げた。
それを違和感なく受け入れたのは、いつからだろう?
同い年の夫が、柔らかい眼差しで見下ろしていて…昔ならここでキスが降ってくる。もっと昔なら、朝から汗をかくことになったであろうが、もう私たちは若くはない。
「ご飯できてるから」
それだけ言うと出て行く、夫の背中。
一つ息をついてから立ち上がり、顔を洗ってキッチンに行くと、テーブルにお粥が用意されているではないか。
「麦粥にしたから。それなら食べられるだろ?」
「さすが大介。胃に優しい」
味も完璧で、改めてキッチンに立つ夫を見つめる。
私の夫は、主夫だった。
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