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「締め切りが近いから、またこもって仕上げてこようと思う」
やや遠慮がちに切り出すと、文香は軽く笑って頷く。
「分かった。でも、なるべく早く帰ってきてよ?」
「そうするよ」
「ちゃんとお土産も忘れないで」
上目遣いで愛らしく睨む様子は、なにもかも吹っ切れようだ。
少し前までは、麻衣に未練があるのだと決めつけ、手がつけられない暴れようだった。罵り、詰り、それが終わると涙を流し、私のせいだと自分を責め立てる。
それがいつからか落ち込むこともなくなり、見違えたように明るくなった。
どういうことなのか?
あれほど荒んでいたのに、何があったというのか?
いくら麻衣に未練がないことを訴えても、一向に信じようとしなかったのに…?
だが懸命に温かい家庭を作ろうとする健気な姿勢は、俺の心にも届く。
だからあと少し、あと少しだけ辛抱をして欲しい。
そうすれば…奈落の底に堕ちた麻衣を見下ろせば、気は晴れるんだ。今度こそ文香『たち』と作り上げる家庭に目を向けることができるだろう。
きっと文香なりに、俺のことも理解したんだ。
麻衣に近づくのは恋愛感情などではなく、復讐の一環だということを。
物事が思い通りに動いていることに気を良くし、夫婦の会話が自然と弾む。
笑いが絶えない団欒は、俺が理想とするものだった。
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