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secret.1
「ハッ、悪いな、王子。俺はレイじゃねえんだよ」
王太子が入ってきたのを確認して、寝台から王宮の窓枠に飛び移る。
俺の名前は、ライ・ハニームーン。こんな格好をしているけれど、正真正銘の男だ。レイは俺の大事な双子の妹で、今頃はトウマと安全に谷を越え、逃げおおせているだろう。そのために、俺がひらひらフリフリの華麗なドレス姿でレイを装っているのだから。
「…何が違うんだ? 見た目も身体もそのままレイ姫で、…」
「かっ、身体とか言うな! このエロバカ王子がっ」
屈辱で顔が赤く染まる。
俺をレイと信じて疑わないこの薄らトンチキ王子は、俺をこの城に連れてきた日から三日三晩、…どころじゃねえな、優に十日は俺をベッドに沈めて離さなかった。
「それはまあ、…お前が俺を煽るから」
「煽ってねえっ!!」
薄らトンチキこと青龍国の王太子、ウルフ・ブルーは、怒鳴り散らす俺を見て破顔した。
「…お前は、怒った顔も可愛いな」
「ふざけんな!」
ウルフ・ブルーは十日前、俺の双子の妹レイ・ハニームーンと婚姻の儀を交わした。
俺とレイは、七龍大陸を創造した始龍の血を引く満月一族の末裔だ。かつて、神に等しい存在と崇められていた俺ら満月一族も、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫を名乗る七龍に分かれた各国の戦乱に巻き込まれて途絶えてゆき、今や年老いた婆と俺たち双子の3人だけになってしまった。俺たち一族を手に入れた龍の国が大陸の覇者として統一王を名乗れるとあり、霧の谷で密やかに暮らしていた俺たち一族は各龍の国に追われる存在となった。
力で他国をねじ伏せた青龍の国が、統一王の証として俺たち一族を城に持ち帰り、その関係を確実なものにするため、妹のレイと青龍国世継ぎの皇子であるウルフ・ブルーを結婚させることになった。これで始龍の血は青龍のもの。誰かの付属物になるのは屈辱だが、満月一族と言っても何の力があるわけでもなく、時流に逆らうこともできない。俺たちは大人しく青龍国に入った。
ただし、レイを除いて。
「ライ、ごめんね。レイは本当に心から、トウマを愛しているの」
レイは幼い頃から霧の谷で共に過ごしたトウマが好きで、始龍の血欲しさに婚姻を強要する敵国の皇子に嫁ぐくらいなら自死するという。そこで、俺と婆は迎えに来た青龍国の奴らを欺き、トウマとレイを秘密裏に逃がすことにした。
「…どうか許して」
「…分かってる。早く行け」
俺とレイは瓜二つ。
骨格に男女の差はあれど、俺たちはまだ発育途中で、服装や髪形、化粧でその差は誤魔化せる。俺はドレスをまとってレイとそっくりの格好をし、髪を束ねて俺の服を着たレイを抱きしめた。表向きは俺が行方をくらますことになる。追っ手はかかるだろうが、レイが本来の姿に戻れば紛れることが出来るだろう。
「元気で」
「ライ、ありがとう」
レイが最後に、俺に別れのキスをして、…
「…な、…っ?」
「…本当にごめんなさい」
俺の喉奥に何かを押し込んだ。何の警戒もしていなかった俺は為されるがままにそれを飲み込んでしまい、
何かを振り切るように身をひるがえしてトーマの元に走るレイの姿が、ぐにゃりと歪むのを見た。
…レイ?
なぜか声が出ない。
視界がどんどん霞んでいき、手足の力が抜けていく。
レイ、待てっ、レイっ!!
膝をついて、地面に倒れ込んだ。
目が回って瞼を開けていられない。空間が歪んで、自分がどこにいるのか、どうなっているのか、分からなくなる。
…レイ。何を飲ませた? これはなんだ? 身体が燃えるように熱い。
「レイ姫。こちらにおわしますか? 青龍国のウルフです。お目通り願いたいのですが」
やべえ。
青龍国の奴が来ちまった。
一芝居打って、レイが無事に谷を越えられるよう、奴らを足留めしないと。
そう思うのに、身体の奥で何かが弾けて、全身が燃えるような熱に包まれ、身体ごと全てが作り替えられるような感覚と共に、急速に意識が遠のいて、…
「…ライ。やっと、俺のものだ」
どこか懐かしい匂いに包まれて、いつか見たような深い深い青色を目にしたのを最後に、…
俺は意識を手放した。
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