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橙龍国王トマシウスが撃った銃声が塔の岩壁に反響して鳴り響き、手元に握られた拳銃からは硝煙が立ち込めた。
「…ウルフっ!!」
とっさに、ウルフが俺を抱えて盾になり、続けざまに発砲された銃弾をその背に受けた。
「ウルフ、ウルフっ!! しっかりしろ!!」
ウルフは俺を強く抱きしめたまま床に膝をつき、苦しげに眉をひそめた。
「始龍と半獣の絆は絶対らしいな。何があってもお互いを守る。互いを半身とするそうじゃないか」
ウルフの背中から血がにじみ出て、瞬く間に上着まで濡らしている。こめかみに汗が浮かび、呼吸も苦しそうだ。
「どんな銃弾をもすり抜けるウルフ・ブルーもライを守るためなら身体を盾にするんだな」
皮肉な口調でせせら笑いながら、トウマが俺たちを見下ろす。
突然の凶行に言葉なく立ち尽くす軍人たちをそのままに、トウマは塔の天井から腕を伸ばし、背中を向けてうずくまるウルフに再び銃器をかざした。
「やめろ、トウマっ、撃つな! 撃ったら許さないからな! 地の果てまでも追いかけてお前をずたずたに引き裂いてやるっ!!」
ウルフの腕の中から出てウルフの盾になりたいのに、ウルフが俺を離さない。でも許せない。ウルフを傷つける奴は俺が、…っ
無力な自分が悔しくて、叫びながら涙がにじむ。
俺に力があれば。ウルフを守れる力があれば。
「勇ましいな、ライ。半獣に守られるだけの無力な象徴に過ぎないくせに」
吠える俺を鼻で笑って、トウマが再び発砲した。
「やめろっ! やめろ―――――――――っ!!」
次々に銃弾がウルフに突き刺さり、おびただしい量の血が舞って目の前が真っ赤に染まった。俺の絶叫など何の意味もなく、ウルフが力なく俺の上に倒れ掛かると、トウマは勝利の雄叫びを上げた。
「見たか!? 真の始龍神ならば、易々とやられることなどあるまい。奴らは始龍神の甦りを語る偽者。統一王たる私の天下を乱す不届き者に過ぎぬ。徒に民を困惑させる悪しき者ども! 真の統一王たる私の下では塵くずに等しい。ハハハハ、ハーッ、ハッハッハッ!!」
塔の上で高笑いしながら軍人たちを振り返るトウマは、何かに憑かれているかのように狂気じみていて、その場に従っている軍人たちも言葉を失っていた。
「ウルフ、…ウルフっ、しっかりしろ。死ぬなよ? 俺を置いてどこにも行くなっ!!」
力の抜けたウルフの身体を必死で支えた。
涙がボロボロ出てきて、顔がぐちゃぐちゃになる。ウルフがいなくなるなんてダメだ。嫌だ。そんなの絶対許せない。
「…泣くな」
わずかに開かれた青く美しい瞳が俺を映す。
「止まれなくなる、…」
ウルフの滑らかな手が俺の頬を包み、長い指先が涙に触れる。出会った時と同じようにその秀麗な顔は少し困ったようにしかめられていた。
「ウルフが好きだ」
涙の膜の向こうでウルフの麗しい顔がにじんで見える。ウルフの美しい青い瞳がゆらゆら揺れる。
「ウルフ、好きだ、…大好きだ」
涙が止まらなくなって、何よりも愛しいウルフの顔が見えない。ウルフがいなきゃ、俺には何もないのに。頼むから、どこにも行かないで。
ウルフを抱きしめたいのに、傷だらけのウルフにどう触っていいのか分からない。
「…ライ。キスして」
ウルフの指が俺の頬を優しく撫でる。しゃくりあげながら目を上げると、ウルフの瞳が俺だけを見つめて揺れていた。深く美しい青い瞳。鮮烈な青。眩しく誇り高い青。俺をとらえて離さない、俺だけの青。
「…俺も好きだよ、ライ」
そっと唇を寄せるとため息みたいに甘く優しいウルフの声が囁いた。
ウルフの唇が好きだ。手のひらが好きだ。
俺の名前を呼ぶウルフの低い声が好きだ。
俺として、初めてウルフとしたキスは、心が痺れるほど嬉しくて、涙の味がした。
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