おばあちゃんの温かい手

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「おばあちゃん……僕、将来なりたいものをしぼれてなくて、どこの大学を受けようか悩んでるんだ……」 大きい身体ににつかわない小さい声で皓介(こうすけ)は自分の思いを吐き出した。 白い壁の病室は殺風景で、開いている窓から優しい日差しと心地よい風が入りカーテンが揺れていた。 高校3年の皓介(こうすけ)は、自分の進路に悩んでおり、入院してる祖母へ会いに1人でお見舞いに来ていた。 祖母は皓介の顔を見ると顔が綻ぶ。 祖母は、皓介は笑ってはいるが、表情が何だか暗い事に気がついていた。 祖母は、布団の中の身体を起こしゆっくり座る。 そして、いつもの優しい顔で皓介の顔を見た。 「皓介は何になりたいんだい?」 祖母に尋ねられ始めて自分の思いを口にした。 すると、喉に巻かれていた鎖がほどけていくように、どんどん口が開いていく。 「なりたいものが一つに絞れなくて……」 皓介は今まで誰にも言った事がない思いをボソボソと吐き出した。 「俺……医者になりたいんだけど、建築士もいいなって思ったんだ……」 祖母は、以前より身体も痩せ、小さく感じた。 だが、前と変わらない、いつもの優しい笑顔で皓介を見る。 「そうだね〜。魅力的な仕事は沢山あるから迷うよね〜」 祖母は、微笑み頷きながら皓介の話を真剣に聞いてくれる。 皓介の答えを急かす訳ではなく、一緒に皓介の気持ちを分かりあってくれた。 「そうなんだ!学校の担任も母さんも、何で早く決めてないんだ?早く決めて!って言うんだ……。理由なんか聞いてもくれずに、顔を見れば決まったか?早く!しか言わないの。」 皓介は始めは語気を強めていたが、次第に段々声が小さくなり、下を向いた。 「毎日言われて逆に決めれなくなってしまったんだ……」 祖母は、ベットの横のパイプ椅子に座る皓介の手の上に、自分の手の掌を乗せた。 皓介は顔を上げ祖母を見る。 祖母は皓介と目が合うとゆっくり話しだす。 「皓介だって早く決めないといけない事わかってたんだろ?苦しかったね〜。人生の選択なんて簡単に出来ないよ。しっかり考えて選択しようとしてる皓介は偉いと思うよ。ギリギリまで悩んでいいんじゃないか?」 祖母の話しを聞きながら、皓介は祖母の手と重なりあった部分の温かさを感じる。 今までじっくり見た事がなかった祖母の手は、深いシワや傷があり、自分とは違う長い時間を生きた跡を見てとれた。 「お母さんや先生にも正直に言ってみたら?みんな心配してるから口を出すんだよ」 皓介は現実に引き戻される。 「わかってるよ……心配かけてるから文句言ってきてるって……」 祖母は小さい声で笑い、皓介の頭を撫でた。 「そうだね。皓介は人の気持ちがわかる子だからね。いいお医者さんにもいい建築士さんにもなれるよ」 祖母に頭を撫でられ、皓介は恥ずかしくなったが、嫌ではなかった。照れがあり苦笑いをした。 ーー小さい頃によく撫でてもらったな……。懐かしい。 「おばあちゃんありがとう。おばあちゃんに話したら、何だか決められそうな気になったよ」 皓介は、誰にも相談出来なかった事を口にし、驚く程胸の辺りが軽くなっていた。 「そうかい。皓介が楽になったならよかった」 祖母は先程よりも嬉しそうな顔をした。 「おばあちゃんは何になりたかったの?」 「そうだね〜おばあちゃんの時代は、今みたいに色々選んだりできなかったからね〜」 「何もなかったんだ?」 皓介の驚く顔を見て祖母は笑った。 「ふふふ。おばあちゃんはなりたいものなれた。なってよかった……かな?」 「何それ?」 「おばあちゃんは、今、皓介のおばあちゃんになれてよかったと思ってるよ。かわいい子供や孫がいるからね」 皓介は祖母の言っている意味がわからず笑った。 「何それ?おばあちゃんになれてよかったの?はぁ?」 祖母は何も言わずただ笑っていた。シワシワの顔がもっとシワシワになる。祖母の周りの空気と一緒に。 そんな祖母が大好きだった。
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