津城と邦弘

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ちゃぷん、ちゃぷんと広い湯船のお湯が跳ねる音を耳で拾いながら。 香乃は湿気た空気を吸い込んで甘く吐き出す。 津城は温めにはったお湯に香乃を溶かしているのかと思うほど、穏やかにその身体を揺らした。 「…香乃は、ゆっくりが好きだもんな」 ただただ、甘やかす時間。 多分、その動きは穏やか過ぎて津城には物足りないだろうと思うのだけれど。 香乃はただただ気持ちよくて、目を閉じて頷く。 は、は、籠った熱を声に滲ませて吐き出す。 津城の膝の上に乗せられ、背中を支えられて。 泣きたいくらい、心も身体も気持ちいい。 「秋人、さん」 「…うん?」 この、返事をしてくれる声が好き。 「大好きです」 「…うん」 俺もだよって、背中を撫ぜてくれる手の平が好き。 人生で、こんな風に想える人に出会える事はきっと稀なのだ。 翼を片方無くしたら、鳥は飛べなくなる様に。 津城と離れたら自分は生きてはいけない。 はぁ、と香乃の背骨を痺れさせる様な吐息を吐き出して津城が香乃の腰を支えた。 「…愛してる」 「…っ、私、もっ」 返事をした香乃の胸の先に吸い付いた津城が、水音の速度を上げた。 揺蕩うそれから、香乃は津城の首筋に縋って波に乗る。 駆け上がるその途中…津城はもう一度、愛してると囁いた。 「おお、元気そうだな」 邦弘は以前と変わらず、元気そうにしていた。 連れていった腹心と数名で住む家は、しっかりとしたつくりの趣のある日本家屋だがこじんまりとしていた。 津城は居間に通されるとすぐ、正座をしてぐ、と頭を下げた。 「お加減はいかがですか、親父」 「ああ、抗がん剤がきいてなぁ…大丈夫だ」 よかったと、香乃の頬が緩む。 「で…和代の見舞いか?」 多分、邦弘は気付いている。 香乃はそれが分かって、津城の少し後ろで背筋を伸ばした。 「いえ、それだけじゃあありません」 そう答えた津城が、同じように背筋を伸ばした。 邦弘はゆったり浮かべた微笑を崩さず、胡座についた肘の上の拳に頬杖をついた。 大きな組を束ねてきた邦弘が、香乃の知らない顔でふ、と雰囲気を変えた。
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