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充実した日々
晴れて津城の妻となった香乃は、忙しく動いていた。
細々とした所の掃除や毎日の食事の準備にも慣れて、朝津城を送り出してから、家に残った組員達とお茶をする余裕も出来た。
「姐さん、出先で美味そうな豆大福見つけましたよ」
「姐さん、これ有名な食パンらしいです」
「姐さーん!クッキーもらいましたー!!」
出先から帰ると、皆結構な確率で何か土産を持っている。
香乃が喜ぶだろうと、あの籍を入れた夜からお菓子を喜んだ香乃の為…皆アンテナを張り巡らせているのだ。
「太っちゃいそうです」
夕飯を済ませて離れにもどった津城に、香乃は嬉しいと書いた顔でクスクスと笑う。
「あいつらなりの愛情表現だろうねぇ…」
もう籍を入れて一ヶ月と少し。
あっという間に毎日が過ぎて行く。
風呂を済ませたら津城との時間。
一応テレビもあるのだけれど、滅多につける事は無い。
モズを膝に乗せて本を読む津城の横で、香乃はだいたい明日の買い物リストを作成している。
人数が増えると言うことは、やる事は同じでも労力はやっぱり必要で。
香乃は最近コトンと眠りに落ちる。
二人分の布団を敷いて、モズと戯れる津城を見ていると気付いたら眠ってしまうのだ。
もう少し津城と話しをしたいなと思うのだけれど。
気付いたら朝なのだ。
津城に抱っこされて目覚める幸せと、また寝ちゃったなと言う残念を同時に感じる朝だ。
とは言え朝食の準備と起き上がり、さっと着替えてそっと離れからキッキンに急ぐ。
「おはようございます」
「おはようございます、姐さん」
木田の柔らかな挨拶に笑顔を返して動き出す。
「姐さん、佃煮の味見をお願い出来ますか」
「はーい」
鍋の中の佃煮を覗き込んだ時、上がった湯気を嗅いだとたんだった。
「っ、」
唐突な吐き気に息を詰め、咄嗟に口を塞いだ。
「姐さんっ」
味はどうだろうと、香乃を見ていた木田が声を上げた。
身体を返して後ろの流しに顔を突っ込んだ。
皆の朝食だ、万が一吐いたら目を当てられない。
「うっ、ぅ…」
触れていいものかと、木田が一瞬躊躇したが香乃の肩に手を添えて。
「坂口!親父呼んでこい!」
「はい!」
妊娠。
気持ち悪さをやり過ごそうと努力しながら、香乃の頭にはそれが浮かんでいた。
月のものが遅れていた。
でもほんの一週間程だ。
生活の変化のせいかなと考えながらも、もしかしたらと思ってはいた。
眠気とだるさは、疲れだろうか?
でももしかしたら。
あの旅館で何度も受け止めた津城の情熱を、もしかしたらと頭に浮かべていたのだ。
「大丈夫です、坂口君起こさなくても……」
言えた時にはもう坂口の姿は離れに消えていた。
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