充実した日々

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「香乃」 起き抜けの津城が、珍しく身なりも整えず軽く羽織った着流しで台所に入ってきた。 木田に変わり背中を撫ぜてくれる。 「……」 落ち着いた香乃が顔を上げた。 「木田さん、ごめんなさい…朝ご飯、お願いしてもー」 「もちろんです、休んで下さい」 ひょい、と津城が香乃を抱き上げた。 「先に飯を食っといてくれ」 そう言うと津城は早足で離れに香乃を抱いて戻った。 そっとまだ敷いたままの布団に下ろしてくれる。 「大丈夫だって言ったんですけど、ごめんなさい起こしちゃって…」 「何いってるんだ…大丈夫か」 風邪の引き始めかと、薬を飲もうかと思って昨夜躊躇した。 何となく、もしかしたらとも思ったし…そうだったら嬉しいと思っていた。 「後で病院に行ってきます」 多少の事なら市販薬と気合いで治してしまう香乃の言葉に、津城が眉間に皺を寄せた。 横になった香乃の頭を撫ぜて覗き込む。 「病院の開く時間に合わせて行こう」 よっぽど悪いのかと、心配している目に首を振った。 「もしかしたら、ですけど」 「うん?」 誰が聞いている訳でもないのに、香乃は声を潜めて覗き込んでいる津城の耳に囁いた。 「赤ちゃん、来てくれたのかも知れません」 ピタリと津城が固まった。 珍しく、驚いた顔と見開いた目。 数秒、音もなく香乃を見つめた津城がガバっと立ち上がった。 「秋人さん?」 そのまま香乃を見下ろして、また動きを止めてしまった。 横になったまま見上げる香乃と、見下ろす津城。 津城のいつものポーカーフェイスの目だけが泳いでいた。 もしかして、望まれて居ないのか。 それを想像していなかった香乃が不安になり始めた頃、津城がくるりと踵を返して、障子を開けた。 それはそれは凛と張ったよく通る声が、家中に響き渡る声量で。 「起きろ!広間に集合!!」 大声で叱責したりしない津城の大声量に、さぞ組員は驚いたと思う。 時が止まった様な、一瞬の静寂。 パァン!パァン!とアチコチで襖が柱に当たる音が響いた。 走る足音がそれに続く。 「寝ててくれ」 「は…い?」 「動くなよ、ああ…何か飲む?」 おかしい。 物凄く普通の顔で、かなり動揺している。 組員を集めていったい何を言うのだろうか? まるで重大事件みたいだ。 「ふ、うふふ…まだ、決定じゃないですよ?」 「、うん、いや…とにかく、ここに居てくれ」 「はい」 津城は廊下に出て歩きだそうとして、は、として戻ってきた。 膝をついて、ちゅ、と香乃のこめかみの辺りにキスをして。 香乃の乱れた前髪を梳いて流して微笑んだ。 「ありがとう」 そう囁くボリュームで言った。 そしてまた俊敏に立ち上がる。 じっとしてろよ、と妙に真面目な顔をして。 まるで不届き者でも捕まえに行くみたいに、シュバッと背を向けた。 軽い吐き気と、そそくさと出て行く津城が嬉しくて。 香乃はほっと息をついた。 トロンとした眠気に吸い込まれそうになった頃、広間の方から轟くような組員の声を聞いた。
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