増える守護者

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「悪い、風呂入ってくる」 もう一度だけ、そっと背中を撫ぜて津城が足早に離れて行く。 「寒く無いか?」 「はい」 香乃が答えると津城は縁側の硝子障子を開けてから、廊下を進んで行った。 畳に落ちたままのジャケットを、息を止めて拾い上げた。 ハンガーにかけてほっと息をつく。 参ったな……話には聞いていたけど、本当に匂いに敏感になるんだな。 ああ、着替えを持たせてない。 そう思って箪笥を開けて、今度は柔軟剤の匂いにやられた。 またゴミ箱に逆戻りだ。 「……、はー…こりゃあ、大変だぁ」 昨日まで、そんなに気にならなかったのに…。 本当に申し訳ないけれど、初めての木田さんコールをお願いした。 コール音が応答されないまま近づいてくる。 「どうしましたか、姐さん」 本当にすぐに木田が飛んできてくれた。 「木田さん……柔軟剤がダメになりましたぁ…これを、秋人さんに、今お風呂なんです」 「はいはい、承知。大丈夫です、大丈夫、姐さん」 木田がさっと着替えを受け取り、申し訳なさを滲ませた香乃に笑いかける。 「柔軟剤を変えましょうかねぇ、大丈夫、なんてこたぁない」 その優しい表情に、じわりと瞳が潤んだ。 「あとで、何か冷たいもんでも用意します、するんと入るらしいって聞きました」 「ありがとうございます」 木田が着替えを持って行ってくれた。 しかし、かれこれ一時間経つのに津城が戻らない。 少し心配になって、香乃はそっと母屋に向かった。 少しだけ襖を開けたら、夕食を準備している匂いがして、慌てて閉める。 「……」 どこも危険だ。 どうしたものか。 とりあえず襖から距離をとり、うーんと唸る。 すると向こうから襖が開いた。 シンプルなグレーのスウェット上下の津城が現れた。 「え?」 「どうした?大丈夫か?」 「ど、どうしたんですか、その格好」 スウェットでもカッコイイ。 でも、こんな格好の津城を見た事が無い。 「いや、柔軟剤ダメなんだろう ?……買ってこさせたんだ。新品なら匂いはしないからねぇ」 そばに来て、香乃の髪を撫ぜた津城からは柔軟剤どころかボディソープの香りすらしなかった。 「気付いたららすぐ、何が駄目か教えてくれ」 やっと抱きしめられる…と呟いて、そっと胸に引き寄せられた。 その新品の香りも、実はちょっと苦手だけれど。 それでも柔軟剤より随分マシだった。 「ありがとうございます、秋人さん」 「腹に居るのは俺の子だ…悪いな、苦しい思いをさせる」 胸から響く声は、とても優しい。 また、瞳が潤んで目を閉じる。 涙腺も、弱くなったみたいだ。 でも、このダルさも吐き気も、津城の子供を授かれた幸せに打ち消されている。 いくらだって、耐えられる。
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