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「俺は小さく生まれたんですよ」
スラリとした細身のその組員は、日中は家に居ないメンバーで。
でも香乃が妊娠してからよく声をかけてくれる。
「七ヶ月の頭で、お袋が車で仕事してた時に水がおりちまったらしくて」
「もう助からないって言われたんですよ」
カラカラと笑いながら、組員は目を細める。
「それが、一週間腹に張り付いて粘ったらしくて。何とか助かったんですよ」
その場にいた組員が皆、お前のしつこさはそこから来たのかと笑って。
香乃はよかったですね、お母さん嬉しかったですねと笑った。
「いやぁ、どうですかねぇ…今じゃ勘当されてますんで…死んでてよかったんですかねぇ」
と言った。
「俺が産まれるのとほぼ同時に、母方のじいさんが死んだんです…ちいせぇ頃はずっと、じいさんが助けてくれたんだと言われたんですが、俺が死んで長生きしてもらえばよかったなぁって…ね?」
感情の振れ幅が大きくなっているのは自分でもわかっていたけれど、香乃は泣きそうになった。
皆が、違いねえと笑ったから。
「姐さんに万が一があれば、俺がじいさんの変わりをしますよ」
「バカヤロウ、歳的に俺が先だ」
「いーや、俺がいく」
皆、香乃とお腹の子供を大切に思ってくれている。
それは分かるのだけれど、凄く悲しかったのだ。
組員達は、よく死と言う言葉を口にする。
とても簡単に。
親父の盾になって死ねたら本望だ。
それが一番役に立つ死だと。
母親になると自覚が芽生え出した香乃には、彼らの母親が今でも彼らを想っているのだと、そう思う。
いくら彼らを遠ざけようと、二度と顔を見せるなと言っていたとしてもだ。
もし彼らに何かあって、考えたくもないけれど訃報が伝わったなら。
絶対に彼らの母親は泣くだろう。
それでせいせいすると、そんな風に言葉にしても。
…絶対に、心の底からそう思うはずが無い。
今だって、絶対に心の中で心配している。
もう知らないと口では言いながら、忘れる日なんてないはずで。
それが分からずに、簡単に命を捨てると笑う彼らが悲しかった。
「今日皆さんが、もしも赤ちゃんが危なくなったら変わりに死ぬ、なんて言うんですよ?」
口を尖らせた香乃に、津城は小さく笑った。
「誰かが死んで、香乃とこの子が助かるなら…俺がいく…仕事で死ぬより、随分意味のある死に方だ」
俺は父親だからな、と。
ガツンと頭を殴られた様な衝撃だった。
それだけ大切だと、津城は表現してくれただけだと、どこかでは分かっている。
だけど、簡単に…。
津城も簡単にそんな事を口にするのか。
ボロボロと涙が出てきて、止まらなくなった。
「香乃、香乃…例えの話しだ、悪かった」
涙に気付いた津城が、香乃を膝から下ろして覗き込む。
優しい指先に何度拭われても涙は止まらなかった。
悲しくて、堪らなかった。
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