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串間の母親、瑞江は翌日の夕方に到着した。
香乃より小柄な、小さなおばあさんだった。
「あれまぁ!アンタいい男だねぇ!」
玄関で出迎えた津城と香乃だったが、その身体からは想像も出来ない力強い声で、開口一番そういった瑞江はカラカラと笑った。
「ウチのバカ息子がお世話になって」
「いえ…どうぞ、夕飯をご一緒にとお待ちしていました」
津城がそっと手を差し伸べ、少し高い玄関の上がり框をあがる瑞江の手を取った。
「よっこいしょ…」
「お越しいただいてありがとうございます、香乃と申します」
香乃が頭を下げると、瑞江は優しい顔で笑って。
そっと香乃のお腹に触れた。
「検診は順調?」
「はい、先週の検診では問題無しでした」
うんうんと頷いた瑞江が、そっと腹全体を撫ぜた。
「女の子かね?」
正解だ。
お腹の子は女の子だった。
「はい、すごい!触ったら分かるんですか?!」
目を輝かせた香乃に、瑞江はまたカラカラと笑った。
「一昨年まで現役だったからねぇ、何百と赤ちゃんを取り上げた杵柄だわね…お母さんの顔も柔らかいし、女の子かと思っただけよー」
明るい人柄の瑞江と連れ立って広間へ向かった。
そこには組員全員が揃って座り、夕食のお膳を前に瑞江の到着を待っていた。
全員、いつもより大人しい格好で座っている。
「義己!アンタこんなに人を待たせて!先に食べてもらえば良かったろうが!」
くわっと後ろを歩く串間を振り返り、瑞江が叱りつける。
この組では、串間は長く…木田と本城の次に序列が高い。
その串間が一喝され、座っている組員がそっと目を逸らす。
「うっせぇぞババア!黙って座れって!」
「……串間」
やり返した串間を、津城がボソりと制した。
「さ、座って下さいっ、お母様私の隣でかまいませんか?」
香乃も慌てて瑞江の手を取った。
柔らかな手だった。
「ありがとうね、香乃さんご飯は食べられてるの?」
「はい」
ムッツリ押し黙った串間と、よく笑う瑞江とが揃い夕食は始まった。
瑞江はメニューのバランスの良さを褒め、木田に嬉しそうな顔をさせた。
多分、ここがどんな人間の集まりかは分かって居るだろう瑞江は、一言もそれに触れなかった。
母親が早くに亡くなり、こうして話して貰えるのが有難いと言った香乃に、瑞江はニッコリと笑った。
バカ息子一人しか産まなかったせいで、孫も見られずに来たのだと串間に嫌味を言い。
家に待つ人も居ないからと、しばらく滞在してもらえる事になった。
嬉しそうな香乃と、ぶすっとした串間の顔は正反対で。
密かに組員達は笑いを堪え。
相変わらず、津城は飄々と夕食を平らげたのだった。
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