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「香乃さん来ましたー!」
香乃に呼ばれたのは和奏だ。
手には髪を染めるカラーリング剤がに握られている。
妊婦の香乃は少し離れて座り。
ゴミ袋を被せられた瑞江の髪を、和奏が手際よく染めていく。
「私自分で染めるので、慣れてるんですよー」
三人で和気あいあいと話していたらお化粧のアイシャドウや口紅まで選んでしまった。
「明日の朝は都さんも来ますよー」
結局、千草の服は少し大きくて丈が余ってしまったので。
調節のきく和装にする事にした。
明日の朝は着付けと、メイクとヘアセットを久しぶりに集まった三人で仕上げる事を約束して。
津城が離れに戻る事を許されたのは夕飯も終わってしばらく経ってからだった。
「瑞江さん、楽しみにしてるんです。面倒臭いとか言ってましたけど」
津城に背中から抱き込まれた布団の中で、香乃はお腹に負担にならない様にそっと津城を振り返りながらクスクスと笑う。
「そうか、あいつマシな店に連れていくのかねぇ」
「どこだって嬉しいですよ、親子水入らずですから」
津城の母親は、どうしているのだろう。
串間と瑞江を見て、他の組員も少しでもお母さんを思い浮かべているだろうか。
自分にも、その身を心配してくれる母親がいる事を考えてくれたらいい。
「いつ死ぬか分からねえから、飯でも食わしとくって休みをくれって言われちゃねぇ…」
なんの事は無い顔で津城は笑う。
優しい手でお腹を撫ぜながら、その串間の考えを否定しない津城を悲しく思いながら、それも仕方の無いことなのかとも思う。
香乃が想像もつかない世界で生きてきた男達だから。
でも、その考えを変えて欲しいと思う。
簡単に命を無くす事を、当たり前に思わないで欲しい。
まだほんの少ししか一緒にいない香乃でさえ、彼らを大切だと思う。
少し荒っぽい男達だけれど、優しくて不器用で…真っ直ぐな、愛すべき家族だ。
あの日津城が困るほど泣いた夜から、香乃はずっと考えていた。
迷いはしたけれど、串間と瑞江を見て決意は固まってきていた。
明日、瑞江が楽しく過ごして戻ったら話をしてみよう。
今の香乃だから出来る、男達への気持ちの伝え方に答えを見つけたから。
明日の予報は晴れ。
完璧に着付けて送り出そうと、香乃は張り切って眠りについた。
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