マタニティライフ

7/8
771人が本棚に入れています
本棚に追加
/38ページ
「瑞江さん綺麗ですねぇ」 朝食もそこそこに、香乃は瑞江の着付けに取り掛かり。 直ぐに和奏と都も到着した。 組員達は、都と和奏の登場に少しソワソワしていた。 離れにこもり、テキパキと同時進行で準備は進んでいく。 「爪に色を付けるなんて初めてだよ」 都が塗ったピンクと紫を足した様な深い爪色をみて、瑞江が少女の顔をした。 散歩の途中で細切れに聞いた瑞江のこれまで。 串間を産んでしばらくして、彼女の夫は亡くなり。 瑞江は産婆をしながら懸命に串間を育てた。 片親で不規則に家をあける自分が、串間の育てかたを間違えたのだと笑った。 忙しく懸命に過ごす毎日の中で、女性としてのオシャレや楽しみなど皆無だったのだろう。 「どこに連れて行ってくれるんでしょうね?楽しみですねー」 和奏が綺麗に染められた直毛の瑞江の髪を、アイロンでふわりと巻いて笑う。 都が手際よくメイクをしていくのを、ひと仕事終えた 香乃は座ってお茶をいれながら見ていた。 「あの子と外食なんて、した事なかったからねぇ。遠出して遊びになんて事もしてやれなかったし」 見違えるほどの淑女に仕上がった瑞江は、姿見の前で固まった。 「瑞江さん綺麗ですよ!」 「お肌綺麗だから、メイクも楽だったわ」 「千晴さんがそろそろ草履を持ってきてくれますので、それで完成ですね」 草履のサイズが合わず、矢田が後から持ってきてくれる事になっていた。 まさに仕上がったタイミングで、きしりと廊下の板が軋み津城が姿を見せた。 「……お綺麗です。…うん、なるほど」 柔らかな表情の津城が、ゆっくり頷いた。 からからと音をたてて、縁側の硝子障子を開ける津城。 小さな中庭の向こうには、四つ並んだ組員の部屋の窓。 その渡り廊下に一番近い窓が開いている。 「串間!」 短く名前を一度。 それだけで直ぐに、渡り廊下と母屋を隔てる襖が開いた。 串間はシンプルなシャツとパンツ姿で渡り廊下を早足で進んで来た。 津城と香乃のプライベートスペースに足を踏み入れる手前で足を止め、小さく頭を下げて津城の言葉を待った。 「瑞江さんの準備ができた」 「…………は?」 串間と瑞江の外出は完全プライベートだ。 津城からその準備が終わったと言われるとは思わなかったのだろう。 串間が瞬きを忘れて動きをとめた。 「ああ……香乃、草履は玄関に届いたよ。和奏さん、また後で迎えに来るって矢田からの伝言だ」 津城がそう言って、串間からは死角になっている奥の部屋に顔を向けた。 「ありがとうございます!瑞江さん、履物も揃いました。準備完了ですね?」 和奏が嬉しそうに返事をした事で初めて、串間は瑞江が奥にいる事を知った様だった。 「お袋?」 驚いた声を出した串間。 都がそっと瑞江の背中を促した。
/38ページ

最初のコメントを投稿しよう!