768人が本棚に入れています
本棚に追加
/38ページ
「……俺は、香乃のそう言う所が好きだ」
慰めと、優しさを含んだ声が静かにそう言った。
顔を上げた香乃が合わせた津城の目は、ただ優しい色をしていた。
「綺麗だなぁ…明るい所だけ見てきた人間だなって、初めは眩しかった」
自分と同じこれから人の親になる津城が、まるで娘を見る様な、母親を見るような…色々な物が混じった表情を浮かべて微笑んだ。
「……変えたくない、護りたい…要らない苦痛も、この世の中の平等じゃないクソみたいな現実にも、触れて欲しくないんだ」
浅はかな希望は、綺麗に津城が否定して。
それを見てきたリアルな男の言葉が飲み込んだ。
「……じゃあ、ずっと悲しいの?」
津城を見つめた。
「ずっと、皆は居なくなってもいい人間だって…命を投げ出すのがカッコイイって、そう思って生きていくの?」
悔しくて、悲しくて。
「……どうして簡単に、代わりに死ぬなんて笑えるの!?…そんなの嫌!」
振れ幅は大きく、受け止めるメーターは短い。
爆発した悲しさに香乃の声は震えた。
これから命を産み落とす不安と、知らない痛みに怯えている。
「香乃…わかったから」
「っ、」
どうしようも無い隔たりを、癇癪を起こして訴えているだけ。
自分でもわかっている。
…だけど。
「……大丈夫だ。アイツらは居場所がある…ここが住処だ」
お腹を刺激しない様に、壊れ物みたいに引き寄せられて。
津城が宥める手のひらを背中にはわせた。
「……」
「ここで、産みますから」
「香乃」
「簡単に捨てられる命なんて、この世の中にありません」
「……」
「正解かなんて、どうでもいい。…命がどれだけ重いものか…大切なものか…見てもらいます、全員」
産み落とされる奇跡の上で、全員が生きている事。
それがどれだけ尊い事か。
「反対なら構いません。貴方は、その時外に出ていて下さい」
「……香乃」
「私の気持ちは変わりませんから」
譲らない香乃を抱いて、津城は何も言わなかった。
それは、肯定では無い事を感じながら…香乃も動かずに居た。
我儘を貫くことが不正解でも譲れない。
自分でも驚く程頑なに、香乃の気持ちは揺らがなかった。
最初のコメントを投稿しよう!