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瑞江はとても幸せそうな顔で戻ってきた。
あれから、津城とは多くを話さずに過ごした。
津城は香乃にそれ以上何も言わなかったし、香乃も落ち着いてくればもう、自分の考えが全てでは無い事は理解していたからだ。
「これ、いいって言ったんだけどねぇ…」
着物を脱ぐのを手伝った香乃に、瑞江は大切そうに串間に買ってもらった小ぶりな鞄を見せてくれた。
「わぁ、素敵ですね!」
「ふふ」
幸せそうな顔を見ていたら、自宅で産みたい…助けて欲しいとは言えなかった。
ほこほこと幸せな余韻をそのままに母屋に送り返して。
津城が風呂から戻る時間を、縁側から夜空を見上げて過ごした。
寂しさはあれど、愛情を持って育てて貰った。
でも、自分がそうして大きくなった時間を、ここにいる組員達は…津城は、違う気持ちで過ごしていたのだ。
同じ痛みを知らない自分が、命を大切にしろと最もらしく説いて、響くはずがない。
それでも、悲しいのだ。
嫌なのだ。
夜の静かな空気を吸い込んで、ゆっくり吐き出す。
静かな足音が近づいて、津城が戻った気配がした。
「身体が冷える…」
風呂から戻った津城がそう言って、奥から羽織りを取って隣に座った。
「ありがとうございます」
香乃と同じ様に夜空をみあげた津城が、小さく息を吐いた。
「…俺は、あいつらを変えようと思ったことが無い」
「え?」
「…命の重さは、その価値は自分で決めるもんだと思って生きてきた」
津城が穏やかに、見上げた視線を動かさずに言葉を紡ぐのを香乃は黙って見ていた。
「……俺の命は、腹の子供が産まれたら、その分軽くなる」
何でと、言葉を挟むには…津城の横顔が穏やかで。
そして夜の気配に溶ける様に儚げに見えた。
「護る物があれば、俺らみたいな人間にはそれ以上が無くなる」
男は馬鹿だねぇと、ひとつ言葉を挟んで。
津城の手が香乃の肩には大き過ぎる羽織を引き上げる。
「…自分の存在価値を…前は親父を、今は俺を護る事に置いたヤツらだ。もうずっと」
許してやって欲しい。
津城はそう言って、
「……俺が努力する。アイツらを無事に動かせる様に」
それが、津城が香乃に示す精一杯。
香乃はその不器用な微笑みに泣きたくなって。
「ごめんなさい」
と、謝った。
「いや、ありがとう」
津城は反対に礼を言った。
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