新生活

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「なるほど……だからか」 「?」 津城は少し遠い目で、庭に咲くユキヤナギを見ていた。 「お袋さんが嫁ぐ前、俺に言ったんだ。……世界は広いのよって」 津城は香織と言わず、お袋さんと言った。 その変化を面映ゆく思いながら、香乃は津城を見つめた。 「多分、あそこから出ろって、意味だったんだなぁ」 出ていれば、出会えなかった。 津城が香乃を愛する事は無かった。 「秋人さん、もしおじいちゃんから駄目だって言われたら……どうしますか?」 「うん?」 じ、と見つめる香乃と目を合わせて津城が黙る。 津城が人生を投げ打って恩を返したいと思う人だ。 その人に、孫はやらないと言われたら…。 これが他の事なら、津城は瞬時に答えただろう。 『要らない』と。 「……」 「弱気にならないでくださいね?」 「……うん?」 苦笑いで首を傾げた津城の手を握った。 「私は、諦めませんから。男の人の世界は知りません。私は秋人さんと結婚します」 「うん」 きゅ、と手に力を込めた香乃の細い指を、津城も柔らかく包む。 「なんですっけ、えっと……前に組員さんが言ってた…そう!ケツをまくったら、ダメですからね!」 「ふふ」 似合わない言葉を並べて、眼力を強める香乃が可愛くて仕方ないと、津城はその小さな身体を引き寄せる。 「そうだなぁ……諦めろってほうが、無理な話しだ」 「うふふ」 そばに居られない苦痛を、もう経験した二人だ。 それを上回るものは無いように思えた。 矢田が手筈を整えたのはその数時間後。 三日後に邦弘を訪ねることになった。 離れに二つ布団を並べて横になる。 「明日の朝は、お揚げのお味噌汁にしましょうね?」 「大丈夫か?あのむさ苦しいのと、台所に立って」 「ふふ…さっきお味噌汁は作るってお話ししてきました。今日は間に合いませんでしたけど、明日からは献立を一緒に考えるんですよ?」 津城が風呂に入っているうちに、香乃は台所を任された数名に挨拶をして、約束を取り付けたのだった。 「皆さん、優しい方でしたよ?」 「そうか」 津城の腕が伸びて香乃の掛布を捲る。 そのまま引き寄せられて、津城の布団に引き込まれた。 「何時に起きる?」 「皆さん五時に起きるそうなので、私もその頃に」 「……早いな」 「モズの朝ご飯の時間、覚えてますか?」 「……あー…そうだな」 苦笑いした津城の胸に頬を寄せて安堵のため息をつく。 豪華な旅館も素敵だったけれど、こうして丁度いい広さの和室の…二人には少し狭い布団で、津城に包まれて眠るのが落ち着く。 モズもそうなのだろうか、足元で丸くなっている。 やっと、元の生活を取り戻した気持ちで香乃は眠りについた。
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