違い

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「……俺を、ここを。……ここの人間を大事にしてくれて感謝してる」 ふわりと、触れさせるだけのキスを額に落として。 出来るだけの愛情を伝えようと津城の腕が香乃を引き寄せる。 「……秋人さんが、大きな病院を調べてくれたでしょう?」 「……うん?」 「設備の揃った病院は、確かに安心かもしれません」 「うん」 でも、とあながち嘘でもなく香乃は続けた。 「決まった日に陣痛が来るとは限らないでしょう?」 大きな病院なら尚更、その日によって人は違う。 「出来れば、瑞江さんにとりあげて貰いたいんです」 「……」 元々人見知りな香乃だ。 信頼出来る瑞江にその資格があるのなら、安心して産めると言うのも理由のひとつで。 津城の心配も、消えない隔たりも解ったけれど。 それでも何かを伝える事を諦めきれなかった。 「順調で、今のところなんの問題もありませんし…勿論、何かあれば直ぐに病院に行きますから」 「今からでも、間に合うのか?」 「……相談してみます、許してくれますか?」 この家で産むのに、津城の反対は大きな問題だ。 出来れば、理解して欲しかった。 「……しっかり検診を受けて、お医者さんとも相談します。リラックスして、お産したいんです」 「……」 津城はしばらく黙り込み、考えている様だった。 予定日まで二ヶ月を切った。 「……わかった」 津城はたっぷり黙り込んだ後、そう返事をくれた。 何も変わらないかもしれない。 津城の言う通りかもしれない。 でも、これから共に生きる彼らにほんの少しでも何かを伝えられるチャンスがあるのなら。 香乃の、人生初めての彼女にしか出来ない事。 その覚悟を決めて、香乃は気持ちを奮い立たせた。 期間が短くなった検診も無事に乗り越え、急に頼んだのにも関わらず、瑞江は了承してくれた。 そしてすぐに一度家に戻り、必要な道具を揃えて戻って来てくれた。 本来なら少なくとももう一人はいる助産師を、香乃は都に頼んだ。 都は看護師になる時、一通りは全ての科を経験してはいるけれど助産師では無い。 香乃が頼んだ時、それは驚いた顔をして。 それから暇があれば瑞江の元に通ってくれた。 家で一人で産み落としてしまう人もいる。 信頼する二人がそばにいてくれるのだ。 不思議と香乃は不安では無かった。 未知の痛みに対する恐怖はあれど、だ。 予定日を五日ほど過ぎた深夜。 トイレを終えたらおしるしが来た。 とりあえず部屋に帰ろうと離れに向かう途中で、お腹に弱い痛みを感じた。 陣痛なのか不安になった香乃はそのまま瑞江の部屋に入り、そっと揺り起こす。 香乃の戦いが始まった。
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