父になる

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父になる

落ち着いてね、と優しく微笑まれて。 瑞江は予定通り、台所から離れた方の広間に布団を敷いてくれた。 弱い陣痛が不規則に始まっていた。 「さぁ、リラックスして」 瑞江が温かい飲み物を準備してくれた頃には、津城が起きてきた。 トイレから戻らない香乃を心配したのだ。 まだ十五分も経っていない。 「凄く弱いのが来てるよ、まだまだだから心配しなさんな」 寝なさいと津城に言った瑞江は、カラカラと笑う。 「長丁場だよ、旦那さんも体力が居るからねぇ」 しかし、過保護な津城が落ちつける訳もなく。 横になった香乃の布団の横に胡座をかいてじっと座ったまま朝を迎えた。 「……、いたた…」 キツい生理痛、まだそれくらいの痛みが間隔をせばめていた。 広間を仕切る襖が閉められ向こう側で会話もせずに食事を摂る気配の中、少しずつ痛みが強くなっていく。 ふぅ、と息を吐いてなんども体制を変えてやり過ごす。 時間が酷くゆっくりな気がした。 瑞江が運んでくれた食事を摂って、何度か瑞江が子宮の開きを見てくれながら、夕方都が来てくれた。 「……っ、ふ、ふぅー、」 その頃には声を漏らすほどの陣痛が始まった。 「いいよー、香乃ちゃん、順調に進んでるからねぇ」 「はい」 夕食を済ませた向こう側で、組員が静かに座っていてくれるのが分かる。 「うっ、んーっ」 子宮口は8cm。 陣痛の間隔ももう短く、香乃は枕を抱いて呻いていた。 津城は黙って腰を押してくれた。 都もずっとそばにいてくれる。 香乃に余裕はなくなり、ただひたすら痛くて。 まだこれ以上の痛みがあるのかと、怖くなった。 「い……っ、うぅーっ、」 皆聞いている、なるべく叫びたくないと思えていたのは最初だけで。 握りしめた津城の手が無事かどうかすら頭に浮かばない。 痛すぎてじっとしていられなかった。 「ちょっと見るからねぇ」 痛いね、上手だよと、瑞江は終始穏やかに対応してくれた。 都も津城が香乃の手を握ってからは、ずっと腰を押してくれている。 「ああ、おりてきてるね。都ちゃんシート用意してくれるかい?頭がちゃんと落ちたから」 「はい、そろそろですか?」 「うーん、全開、これくらいなら、破膜かね」 破水に時間がかかっていて。 香乃の体力を考えた瑞江はそう答えた。 「香乃ちゃん、全員に当てはまる訳ではないけれど、これからグンとお産が進むと思うから」 もう痛すぎていきみたい。 陣痛が来る度に、早く早くと心が悲鳴を上げているのだ。 「津城さん、背中から支えてあげて」 「はい」 津城は言われた通り、枕元に積んだ布団に背中を預け香乃を背中から抱いて支えてくれた。 「はい、いくよー」 パンと、音がした気がした。 破水した温かさを感じた瞬間、悲鳴を上げた。 「っ!?、い、……ぃ、あぁあああっ!」 まさに、家中に響き渡る絶叫だった。 津城の腕を掴んでいた両腕が、瑞江が支えて開いていた足が香乃の意志とは関係なく痛みでガタガタと震えた。 今までとは比べ物にならない痛みが、急激に押し寄せてきた。 「ああ!あーっ!!」 腰が、骨盤が砕けたと思った。
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