854人が本棚に入れています
本棚に追加
「はぁーい!皆さん順番に取りに来て下さーい!」
翌日の朝から、香乃は声を張り上げていた。
十数人分とは言えど、今までは出来たおかずを広間に並べた各自のお膳にひとつひとつ並べに行っていたらしい。
それでは手間だと、香乃は広間の入口に組み立て式のテーブルを並べ、そこに取りに来てもらう事にしたのだ。
皆ちゃんと自分のお膳を持って並んでくれた。
エプロン姿の香乃が、運んできた大きな鍋から味噌汁をよそって手渡して行く。
「あ、秋人さんおはようございます。どうぞ」
「うん、おはよう」
それは津城にも適用された。
「あーっ、秋人さんダメですよ!胡麻和えも取って行って下さい!」
「…うん、わかった」
部活の合宿の様だ。
いつも無言の津城が素直に胡麻和えの小鉢を取り上げる。
「皆さんも、ちゃんと満遍なくちょっとでも食べて下さいね?栄養バランス、木田さんが一生懸命考えてくれてますから」
香乃がふんわり笑うと、男達がソワソワとおかずに手を伸ばす。
ツンと済まして座っていても文句は言われない香乃の笑顔に、早くも撃ち抜かれたようだった。
「はい、揃いましたね?……木田さーん、座って下さい!」
「はい、はいはい、よっこらしょ」
最後に木田が腰を下ろすと、香乃がはいと頷いた。
「じゃあ、秋人さんお願いします」
「……うん?」
横の津城が香乃を見る。
「いただきますの、ご挨拶ですよ?」
今までは、個々に朝食に手をつけていたのだ。
津城がパチリと瞬きをした。
そして、組員が固まり……慌てて上げていた箸を下ろす。
ん、と津城が咳払いをして。
微妙な顔をした後、ボソリと呟いた。
「いただきます」
横でにこにこと、香乃が手を合わせた。
「いただきます!」
習って組員が一斉に声を上げた。
紅一点、香乃の雰囲気に飲み込まれ、全員が行儀よく食べ始める。
「姐さん、味噌汁上手いですねぇ」
木田が顔をくしゃくしゃにして笑う。
「そうですか?お口にあって良かったです」
「あー、だからか!何か味噌汁、今日すげえ美味いなぁって……」
「おいこら坂口、おめぇ喧嘩打ってんのか」
さっきまで、孫に微笑むような優しい顔だった木田が、坂口をじろりと見やる。
「いやっ、すみません!いつも美味いっす!絶品っす!!」
津城がふ、と唇をゆるめ味噌汁を飲む。
津城の好きな具を入れた、久しぶりの香乃の味噌汁だ。
「……どうですか?」
ふんわり笑って香乃が問いかける。
「うん…美味い」
組員の手前、表情は崩さないものの津城は穏やかに答える。
おそらく、組員が初めて聞いた津城の声色だっただろう。
最初のコメントを投稿しよう!