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「……香乃」
「はい?」
いつものポーカーフェイスと、柔らかく解けた声がやけにアンバランスで。
「布団」
「お布団?」
頷いた津城が、味噌汁を離さずに続ける。
「干してるところを見たことが無い……」
「え?……ええっ?」
干し方を教えてやってくれと、言った。
ぱっと、津城から向かい合った組員達に視線を動かした香乃は、信じられないと言う顔をした。
「……シーツは、どうしてるんですか?」
この家には一応、役割がある。
先程、味噌汁が美味いと声を上げた坂口と、あと一人、この家で一番若い世代の平と言う男の二人が掃除を担当している。
年功序列と言うやつだ。
「……たまぁに、洗濯に……出てる分は洗ってます」
へへ、と笑った平の解答に、
香乃のクリンとした目が更に大きくなった。
「……秋人さん」
「うん?」
「私がいない間、シーツも変えずに寝てたんですか?」
津城はいや、と返事をした。
「俺は洗濯に出してた、気持ち悪いからねぇ」
サラリと答えて、津城はくく、と笑った。
「平、坂口」
「はい」
「後でお説教だな……うちの香乃はその辺は怖ぇぞ、しっかり覚えろ」
「はいっ」
お説教なんて出来ませんけどねと、心の中で苦笑いを浮かべた香乃は食べるスピードを上げた。
頭の中でこの家のどこにどうすれば、最短で全員の寝具を清潔にできるのだろうと考える。
「干場が無ければ、必要なだけ買っておいで」
また、声だけ柔らかく津城が付け足す。
「はい、えっと……坂口さんと、平さん?」
一度だけ挨拶した二人を香乃は覚えていた。
二人は箸を置き頷いた。
「今日はとりあえず、全員分のシーツを剥がしてもらってもいいでしょうか?」
私も手伝いますと言った香乃に、二人は慌てて大丈夫ですと首をふった。
「分かりましたっ」
「それで、申し訳ないんですけどそれをコインランドリーにお願い出来ますか?」
「はい」
二人の返事を待って、香乃は向かい合って座った全員を見渡した。
一度だけ挨拶をした組員と顔の一致が難しい。
「え、と……本城さん」
「はい、姐さん。ここです」
津城と香乃を除いて、向かいに並んだお膳には一応序列がある。
本城はその中で一番上座に居た。
「あ、ごめんなさい。あの後でご相談したいんです……大丈夫でしょうか?」
「勿論です、庭におりますので。……いつでも」
ロマンスグレーの髪を後ろに流した本城は、きっと昔はとてもモテたのだろうと思う。
壮年の俳優の様だった。
全員分の食べ終えたお膳は、台所に近い広間の隅に寄せてもらい、香乃は先ず津城と離れに戻った。
「あまり無理はしないように…」
津城のネクタイを結びながら、上から柔らかな声を受け止めて香乃は微笑む。
津城の城を清潔に保つのは、自分の役割なのだ。
「秋人さん、私凄く体力ついたんですよ?」
寂しさに負けない様に、寝る前も惜しんで働いたせいだ。
「……」
きゅ、とネクタイを締め終えて津城を見上げる。
今日もいい男だ。
「晩御飯には、戻れますか?」
「うん、昼には戻るよ。事務所に顔を出すだけだからねぇ」
「そうですか、じゃあお昼ご飯どうしましょうか?」
嬉しそうな香乃の頬に、津城の唇が触れる。
「何でもいい……適当な所で他のヤツらに任せて、たまには膝枕でもして貰いたいねぇ」
「ふふ…」
一度離れてまたこうして過ごす様になったら、
津城は言葉の端々に甘さを乗せる様になった。
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