新生活

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「香乃さん、揚がりますよ」 「はい、どうぞー」 トンカツを木田が揚げた端から香乃が小鍋で受け取り卵で閉じていく。 後ろで同じく台所をまかされる、佐野と水上がご飯をよそい味噌汁と共にお膳に乗せて運んで行く。 「丼が楽ですよね、洗い物も少ないですし」 うふ、と笑う香乃に木田も頷く。 「いや、洗いもんはいいんです、二人がやりますんで」 木田がニヤリと笑う。 「えー、じゃあ晩御飯は一品増やしちゃいます?」 坊主頭の木田は、パッと見近づきたくない強面だ。 春先でもう半袖の腕には、刺青がちらりと覗いている。 邦弘の下に付いていた人だと言う事も大きいけれど、香乃は少しも怖くなかった。 「いいですねぇ、ああ、おやっさん酢の物嫌いですかい?」 「いいえ?……食べませんでしたか?」 「ええ、大概は手をつけてくれるんですがねぇ、酢の物だけはさっぱりで」 んー、と香乃は首を捻る。 「あ、私鰹だしを少しだけ入れますね」 「へぇ、出汁ですか」 「お酢とお砂糖と、お醤油とお出汁を少し。ちょっとまろやかになるんですよ」 ふむ、と木田が頷く。 「では、今晩それにしますか」 「はい」 上手くやれそうだ。 木田は俺が仕切ってきたんだぞー、と言う雰囲気を醸し出したりしないし。 香乃にお伺いを立ててくれる。 「姐さん、かやくのお握りと豚汁を差し入れてくれたでしょう?」 香乃はえ?と首を傾げた。 寒い夜に一度だけ、確かにそのメニューを差し入れたけれど。 でもそれは野海にで……。 「矢田さんが朝持ってきましてねぇ…俺らが出したおかずは綺麗に残されましたが。その二つだけ、えれぇ美味そうに、大事にねぇ…」 野海への差し入れが、知らないうちに津城に渡っていたのを知って、香乃は困った顔で笑った。 「それで今朝、姐さんの味噌汁飲んであれでしょう?…勝てやしません」 木田が作る料理は、プロとまではいかないが十分美味しい。 「……すみません」 赤くなって俯く香乃に、木田はカラカラと笑って首を振った。 「いやぁ…それが嫁さんって事ですわな…ここは皆独りもんですがねぇ、俺らにもそんな相手が居ればちっとは生き方が変わったかもしれませんやね」 まぁ、息子みたいな手のかかるヤツが二人も控えてますがねと、木田は後ろの二人を顎でしゃくった。
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