新生活

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「おお、出迎えかモズ」 津城が出かけてから、広間の縁側で丸くなっていたモズが動いたと思ったら津城が帰宅した。 「おかえりなさい」 丁度昼食も仕上がった所だ。 「ああ…ただいま」 モズの後ろから追いかける香乃を、津城は革靴を脱ぎながら目で追って。 後ろに二人、お付きを従えたままで香乃の頭にポンと手を乗せる。 「美味そうな匂いがしてるねぇ」 「今日はカツ丼ですよー、皆さんも手を洗って下さいね」 津城の着替えを済ませて、みんなで昼食を済ませた。 後片付けは、若手の二人がすると言ってくれたので約束通り縁側で津城に膝枕。 「……香乃、疲れただろう」 「いいえ、全然。皆さん優しくてお掃除も手分けしたらすぐ済んじゃいましたよ?」 そうか、と津城が目元を緩めて腹に乗ってきたモズを撫ぜる。 柔らかな日差しは心地よく。 離れは静かで時間がゆっくり過ぎていく。 「……香乃を迎えに行くまで、ここで独りの時間が長かった」 気持ち良さそうに、津城がふっと目を閉じた。 「あの家の、縁側ほど居心地が良くないだろう……ここは」 ここから見える中庭は猫の額程で、開放感は無い。 更になその向こうには、他の組員の部屋の窓。 たしかに、あの広い庭を眺めてモズと寛いでいた津城からすれば窮屈だった筈だ。 「……おまけに、香乃も居ない」 けど、不思議だねぇと、目を閉じた男らしい顔が微笑む。 「こうして香乃が傍にいれば、結局はどこでもいいんだな…俺は」 するん、するんと香乃の腰に触れ満ち足りた声が呟いて。 「……明後日の新幹線は朝が早い、駅の近くのホテルに泊まろうか?」 津城のそばなら、どこでも構わないのは香乃も同じ。 「はい、楽しみです」 モズか腹からおりて、ぐうっと伸びをして庭におりていく。 津城はゆっくりと腕を上げて、香乃首筋に触れた。 優しい力加減で引き寄せられて、少し頭を上げた津城が香乃の唇を啄んだ。 「秋人さん、もうっ」 「くく、誰も見ちゃいないよ…」 布団を干すために、どの組員の部屋の窓も開いている。 香乃からしたら、見られていないと何故言い切れるのかしら、と唇を尖らせた。 「……それに」 「なんですか?」 「…別に見られても構わない、皆指をくわえて見ときゃいい…俺の嫁がいい女なのは隠しようがないからねぇ」 赤くなる香乃の頬を、指先でツンと突いた津城が穏やかに微笑む。 きっと、一人でここにいた時間、津城がこんなふうに微笑む事はなかったのだろう。 自分がそうだった様に、普通の顔を作ることに苦労したはずで。 「……私だって誰かに言いたいくらいですよ?」 「うん?」 香乃もふわりと笑う。 「私の旦那様は素敵でしょ?って」 片目を眇めた津城が、ふ、と指先で瞼を擦って手を伸ばす。 照れを隠す津城のキスを、香乃はゆっくり受け止めた。
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