放課後の教室で

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 それから僕は有坂さんと黒板に罵詈雑言を書きまくった。前の黒板が一杯になると後ろの黒板にも二人で悪口を書き込んだ。背の低い有坂さんの手の届かない場所に悪口を書きながら尋ねる。 「僕は相手を知らないんだけど、それでも良いのかな?」 「知る必要ないと思う」  冷たい声で有坂さんは視線も向けずに答えた。  ヒーターの音とチョークが立てるカチカチという音、それに有坂さんと僕の息遣いだけが響く放課後の教室。いつの間にか僕も有坂さんの真剣さに引き込まれるように熱中していた。  どれくらい時間が経っただろう。不意に教室のドアが開く音がした。 「お前ら! 何やってる!」  有坂さんも僕も慌てたが、もう遅い。僕らは学年主任に職員室に連れて行かれた。 「何であんな事やってた? イジメじゃないだろうな?」  怖い顔でにらんで来る学年主任に事情を説明しようと僕が口を開きかけたとき、不意に有坂さんが泣き出した。 「寺門君が悪いんです!」  唖然とする僕に学年主任が詰め寄る。 「寺門。じっくり話を聞かせてもらおうか」  そこから先は散々だった。僕の事を「悪い」「酷い」と泣き続ける有坂さんと、訳が分からず動揺しまくる僕。そんな僕にガミガミと説教をする学年主任。反省文十枚を申し渡された僕が、有坂さんと職員室から解放されたときにはもう日がとっぷりと暮れていた。  昇降口で靴を履き替えながら、有坂さんは僕に謝った。 「ゴメンね。何かわけわかんない事言っちゃって。ちょっと失恋がショック過ぎてさ……」  僕はため息をついて肩をすくめた。 「いいよ。もう。……でも、人って見かけに寄らないものだな。有坂さんがこんな人だなんて知らなかったよ」 「私のこと興味ないもんね」 「いや、そんなことないよ!」  すると有坂さんはツンとした顔で僕を見た。 「今さら遅いよ。バイバイ、寺門君」  そのまま小さな顔をマフラーに埋めるようにして、有坂さんは去って行った。  僕はポカンとその様子を見送ってから、コートの襟を一番上まで留めると昇降口を出る。  心身共に冷え込むなあ。  校門を抜けると、銀色の大きな月が何だか呆れたような顔をして僕を見下ろしていた――。                               Fin.
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