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静まり返った放課後の教室で僕は目を覚ました。昨夜遅くまでゲームをやり過ぎたせいで、HRが終わると同時に思わず眠ってしまったのだ。
目をこすりながら周囲を見回すが、誰もいない。皆下校したり、部活に行ってしまったりしたのだろう。冬の弱い太陽の光が射し込む窓ガラスにはヒーターのせいでできた結露が流れ落ちる音が聞こえるのではないかと思うほど静かだった。
帰るか……。
そう思った瞬間、僕は有坂さんが教室にいることに気づいた。大人しくて小柄な女子である有坂さんがカーディガンを羽織った背をこちらに向けて、無言で黒板に文字を書いている。
僕は最後尾の席からその様子をしばらくぼんやりと眺めていたが、その文字の意味するところを知って、思わず声を上げた。
「何、書いてんだよ!」
有坂さんは小動物のようにビクッと背を震わせると、ゆっくりとこちらを見た。黒板の半分以上がびっしりと悪口で埋められている。僕は席を立つと有坂さんの元へと歩み寄った。
「どうしたの? こんなの有坂さんらしくないじゃん」
しかし、有坂さんは沈黙したまま目を伏せるだけだ。僕が物問いたげな視線を向け続けていると、有坂さんはサッとチョークを手にして再び悪口を書き始めた。
「有坂さん!」
正直、僕は今まで有坂さんとろくに口をきいたことがない。有坂さんはいつもクラスで目立たないようにしている感じの無口な子で、皆がワイワイ騒いでいるときも、そっと微笑んでいる静かな人だった。
だから、有坂さんが本当はどんな女の子なのか僕は知らない。でも、理由もなくこんなにたくさんの悪口を、一心不乱に書くような人ではないことはわかっているつもりだった。
ヒーターのタービンの音ってこんなに大きかったっけ……と心のどこかで思いながら小さな顔を見つめていると、初めて有坂さんが口を開いた。
「……私、失恋したの」
「え……」
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