マルベリーの木

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 夏が近づいた、夜のことだった。  葵がパソコンに向かってイラストの仕上げをしていたとき、旧式の玄関チャイムが連続で押された。はっとして時間を確認すると、23時になるところだった。  こんな時間に何事かと玄関に走って行く。――ガラス戸の向こうに、複数の人影が透けて見えた。 「葵さん!――葵さん、捕まえました!」  桑原の切羽詰まった声だ。葵は慌てて玄関のサンダルを履くと、ガラス戸を開けた。  最初に目に飛び込んだのは、興奮して頬を上気させた桑原の得意げな顔……次に見えたのは、その桑原に後ろ手に捕まえられた陽菜の背けた横顔だった。 「この女でした!嫌がらせしてたの。――こんな時間に郵便受けに何か入れているのを見つけて、声かけたら逃げたんで、捕まえました」 「陽菜……やっぱり」  あの日。  喧嘩別れしたあの日、陽菜は「怪文書に枕営業と書かれる」と言った。枕営業なんて単語は忌々しすぎて陽菜にも誰にも話したことはなかった。だから――。 「理由は何?――私が陽菜に何をしたっていうの?」  桑原の拘束を解こうと身を揺すっていた陽菜は、鋭い目で葵を睨みつけた。 「そういうとこよ。自分は何も悪くない、何も悪いことなんかしてないって、いつもいつも取り澄ましてさ」
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