マルベリーの木

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 (あおい)は一人暮らしの自宅の玄関を出て、一つ深呼吸をした。  早朝の澄んだ空気で、どうにか沈んだ気持ちを持ち上げようとする。  祖父母の家を受け継いだ、『古民家』と言うには野暮ったい、古いだけの家屋。5つ並んだ、まちまちな形の踏み石の先には、広葉樹が寄り添った古ぼけた門柱があって、郵便受けが付いている。  覚悟を決め、郵便受けを手前に引く。――その中身を見て、胃の中身が鉛にでもなったような重みを感じる。  新聞の下に覗いているのは、白いA4サイズの紙にゴシック体の太字でぎっしりと印字されたありとあらゆる罵詈雑言。  できるだけ見ないようにして新聞を取り出し、白い紙はぐしゃりと握りつぶした。が、『淫売』『枕営業』という単語は目に入ってしまった。  時折郵便受けに悪意に満ちた印刷物を差し込まれるようになったのは、一年ほど前からだった。  最初は悲鳴を上げてしまいそうになるほどショックを受けた。  しばらく食事も喉を通らないほどだった。  そんな嫌がらせをする相手の見当がつけばと、見たくもない憎悪まみれの文字をじっくりと読んでその意図を探ろうとするのは本当に苦痛だった。  その上、吐き気を催すようなその苦労は、実を結ばなかった。  溜まりかねて何度か地元の交番に相談はした。  が、嫌がらせの文書を投げ込まれるくらいでは、本腰を入れての対策はしてくれなかった。  パトロールの回数を増やします、と言ってはもらえたが、その後何か報告があるわけでもなく。  嫌がらせは断続的に続いていた。
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