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商店街で、駅に向かう陽菜と別れ、葵は行きつけの花屋へと歩いた。
仕事柄、家の中を美しく整えることにしていて、色鮮やかな花も絶やさないようにしていた。
服装も、誰にも会わないときでもきちんと着替え、身なりを整える。
そうしないと、だらけた姿が作品にも投影される気がしている。そう話したら、陽菜には「考えすぎ。見る方はそんなの感じてないって」と笑われたことがあるが。
「いらっしゃいませ」
商店街の中の、老舗の花屋の前で立ち止まると店員に声を掛けられた。
週に1度は必ず買いに来るから、もう顔を覚えられている。
四代目の後継ぎだという、若い男性が店の奥から歩いてくる。
長めの黒髪に、黒ぶち眼鏡、胸に「桑原生花店」と白抜きされた黒いエプロンが馴染の姿だ。
決してスマートな接客ではないが、押し付けがましくないのは好ましかった。
「春の花がいろいろ入荷してますので、ごゆっくり……」
「先週とまた種類入れ替わってますね。どれにしようかな……」
葵はずらりと並んだ、銀色のフラワーポットを見下ろす。この時間が本当に幸せだった。美しい色を目から取り込んで、自分の記憶に移しこむようなこの時間。
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