マルベリーの木

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 どうしても、目を奪われるのは赤い花だった。  今、取り組んでいるのが「赤」をテーマにしたイラスト集だからだ。  淡い赤、燃えるような赤……この自然の色を、どう自分の指で再現していくか、考えると心が躍った。 「……この、花にします」 「アネモネですね。何本くらいお包みしましょう」 「10本……かな。全部、赤で」  鮮やかな、手の平に乗るほどの形の整った花弁。自己を主張するような、明快な色合い。今、自分が求めるイメージにぴったりの花だった。  他の花を眺めながら包装を待つ。やがて、男性が包みを抱えて葵のもとへやってきた。 「お待たせしました。――あの、これ、いつもお買い上げいただいているので……おまけです」  花束と合わせて、透明なセロハンに包まれた花を一輪手渡し、男性は照れくさそうに葵を見た。  受け取ると、それは紫色のアネモネだった。青みがかった、上品な色。 「すみません、ありがとうございます。――生けさせてもらいますね」  こういう小さなサービスが、また足を運ばせる。  地元の商店街での買い物のメリットを享受して、葵は家へと戻った。
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